約束

あの坊やはアンタが死んだと思ってる。
アタシが見てた間、あの坊やはずっと悪夢にうなされてましたぜ。
アンタの左腕の夢だ。
アンタが守った才賀勝は、今、アンタに取り憑かれちまってる。
自分を守って死んだ、
 アンタの代わりに笑い、
 アンタの代わりに強くなり、
 アンタの代わりにあの別嬪さんを守った。

アンタが忘れちまった才賀勝は、いまやアンタの操り人形でさ。

なのに、忘れちまったまま、宇宙に上がろうってのはズリイでしょう?!
あの子の糸を切ってやっちゃくれねぇですかい?
…もう会えないんじゃ無理ですかねぇ。

***

鳴海の視界の先に、タバコの明かりが灯る。

「兄さん、ちょいといいですかい?」

タバコをくわえたまま、ひょろ長い顔の男が鳴海に目を向ける

「アシハナ…」
「やぁーっとつかめえた」

細い目をさらに細くしてククッと笑う。

「兄さんアンタ、まだ軽井沢の記憶が戻ってねえんだってね。
 サハラで、日本での兄さんの事を教えるって言いやしたでしょう?
 才賀の坊やからの預かり物もありやすし、
 アタシとしては早くお話ししたかったんですがねぇ。
 何せ兄さん、あの後アタシがくたばってる間にいなくなっちまうしさ。
 こっち来てからはどうもそんな雰囲気じゃねぇし。
 アタシが怪我してモタモタしてる間に、兄さんがシャトルでお空に行っちまうときた。」

「よくしゃべる男だな…。すまないが、もう昔の話は必要ない。」

鳴海の脳裏には自分を守って散っていったしろがね達の姿が浮かぶ。

「フウの旦那からアンタの事情も多少聞きやしたが。
 無理もねぇか…。あんなに死人がでちゃあね。
 ヤクザなアタシでも、あんな眺めは初めてでやしたからねぇ…」

タバコをくわえた男の脳裏にも、サハラの赤い砂がよみがえる。

「でもアンタ、そりゃずりぃですぜ。」
「…」
「もしかして、もう思い出してるんじゃねぇですかい?」
「それはない、が…」
「ふうん…。じゃ、怖いんじゃねぇですかい。思い出すのが」
「何をバカな!」

鳴海の顔色が変わる。

「まぁ、いいや。アタシは一応…他に取り柄はねぇが、約束だけは守る男でしてね」

阿紫花の口元から白い煙が立ち上る。

「実はアタシ、兄さんの荷物を預かってやして。」
「?」
「その…兄さんの左腕、アタシが預かってんですよ。」
「…どういう事だ。」

「教えて進ぜましょ、昔のアンタを。
 忘れたままシャトルで行かれるってのも、アタシの寝覚めが悪いんでねぇ。」


阿紫花はタバコを消し鳴海に向き直る。

「アタシ達のサーカスの舞台は結構狭いようですぜ…

 兄さんはね、「サイガ」社長の才賀貞義、アンタ達の言うフェイスレス、ですか?
 ヤツが仕組んだ相続争いで殺されかけた、才賀勝って坊やを助けたンでさ。
 あの銀髪の別嬪さんと一緒に命がけで。
 あの別嬪さん、エレオノールっていうんだってね。
 アタシはしろがねって名前だと思ってたんだけど。
 ややこしくなるから言いたかないけど、アタシも坊やの命を狙ってやして。
 …っと、未遂なんですから勘弁して下せい。

 兄さんは「サイガ」と「しろがね」の結びつきを知ってやすね?
 アタシは黒賀村ってところの出なんですが、そこでは人形繰りが盛んでね。
 ま、早く言うとアンタ達「しろがね」の人形の試作品を繰ってた訳なんで。
 そんな事は村の一部が知ってるだけで、この件にかかわるまでアタシは何にも知りやぁしなかった。
 ただの精密な操り人形だと思ってやした。…ヒトゴロシもできる程性能のイイ、ね。
 ずっと平和な村だったんですが、ここ何年かでアタシみたいなはぐれ者…
 人形を使って殺し屋家業を生業にするのが出始めやしてね。
 黒賀の人形使いといやぁ裏の世界にちったぁ名が知れるようになっちまった。
 その事自体は貞義にはなんの関係もねぇんですが、まぁ、上手く利用されたって訳です。
 黒賀村…人形を作る人間を、「しろがね」の操る人形を滅ぼす為に。
 貞義は血の繋がらない坊やを引き取り、死んで遺産をすべて坊やに譲り渡しやした。
 …実際に死んでないのは兄さんも知ってのとおりですがね。
 まさか坊やと入れ替わろうなんてのは、その時ゃ知る由も無かった。

 残された義兄弟や叔父たちは、黒賀の人形使いを使って坊やの取り合いを始めやした。
 坊やを養子にしたい叔父の善治と殺したい義理の兄弟達。
 180億ぽっちで大の大人がよってたかって子どもを殺そうっていうんですから
 金の力ってのは恐ろしいモンですぜ。
 もちろん、アタシもそっち側の人間ですがね。
 坊やの義理の兄弟側について、命を狙ってやしたから…

 坊やは叔父の善治に捕まってた塔のてっぺんから、兄さんと別嬪さんを助けようと飛び降りて、
 図らずも、アタシを殺りかけてた人形繰りの殺し屋を始末してして下さったんで。
 アタシゃ毒気が抜けてね。
 一応命の恩人だし、一旦仕事は止めにして話を聞こうとしたんでさ。
 そこで坊やは目の色変えて、アタシが貞義に騙されてた証拠を持ち出して、
 自分の側に寝返れって交渉してきやしてね。
 いや驚いた。それまでは頼りない、ただのボンボンの小学生だったんですがねぇ。
 あん時の坊やの目は、生きる意志に満ちた獣の目だった。
 …あん時の兄さんも同じ目をしてたんですがね。
 とにかくそれで、アタシは坊やに10億で雇われたンでさ。

 その後、アタシと坊やは兄さんと別嬪さんを助けに別荘の中に戻りやした。
 それでなんとか兄さん達の活躍もあって逃げられそうでしたが、
 途中、仕掛けられた爆薬が作動しちまいましてね。
 善治を助けようとした坊やは建物に取り残されて、万事休すだ。
 別嬪さんは足をやられてたんで、兄さんが坊やを助けに行きやした。


 爆発が治まった後、屋敷に戻ったアタシが見たもんは…
 アンタのふっとい左腕を抱えた坊やでしたよ。
 あの子の目は何も見てませんでしたねぇ。
 アンタの腕を抱きしめてじぃっと座り込んでた。
 それまで泣いてばっかりだったのに、もう、泣いてもいなかったねぇ。
 どんな思いでいたんだろうねぇ。
 自分を助けた男の腕だけを抱えて。


 アタシは坊やとアンタの腕を連れて、しろがねの姉さんの所に帰りました。
 あぁ…そういえば、あの人も泣かなかったっけねぇ。
 坊やと違って今にも泣きそうな顔でしたけどね。
 それまで怖い顔ばっかり見てたんで、不覚にも色っぽく見えちまった。
 あれは女の顔、だったねぇ。

 その後、坊やは叔父の善治の所に身を寄せる事になって、
 アタシはしばらくボディガードの真似事をしやした。
 さすがに善治も、もう坊やに手を出しませんでしたがね。」

「どうですか?兄さん。少しは思い出したんじゃ…?」 

阿紫花は最後のタバコに火をつける。

「お前は…よく、しゃべる男だな
 …それに俺は、もう過去の事はいいって言ったろ?」
「…つまんねぇヒトですねぇ。兄さんは。」

仏頂面で阿紫花が言葉を続ける。

「焼跡から別嬪さんの所に戻る途中、ずっと喋らなかった坊やが言いやした。

『ねぇ阿紫花さん。鳴海兄ちゃんの腕、とっとけないかな…。
 僕、これが無くなったら、兄ちゃんが本当にいなくなっちゃう気がする…
 僕の知ってる鳴海兄ちゃんが、どこにもいなくなっちゃう気がするんだ…』

 それでアタシが兄さんの腕を預かる事になりやした。
 アタシにもそれなりに伝手がありやして。
 アメリカの冷凍保存(クライオニクス)の会社に預かってもらってるんですよ。
 大丈夫。ちゃんと合法的にですぜ。お代はたんまりいただいてますから。」

鳴海の目にかすかな光が灯る。タバコの灯ほどのかすかな光。

「兄さん、いかがです?」

阿紫花が期待を込めた目で鳴海を伺う。

「話はわかった。まだ…思い…出せねぇが。
 腕の件は…今の俺にはどうしようもない。
 人形を壊す刃のついたこの腕を…外す訳にはいかねぇ。
 すまねぇがそのまま預かっといてくれ。」

阿紫花に視線をあげないまま鳴海がつぶやく。

「アシハナ、あんた約束は守るんだったよな。
 いつかの約束通り、その坊やが危なくなったら守ってやってくれ。」

そのまま阿紫花に背を向け去ってゆく。

「いつかの約束って…に・兄さん?!」

***

「今頃、あの泣き虫はどこにいるんですかね…
 平馬の話じゃ、貞義と互角にやりあったらしいですがねぇ。」
阿紫花はしばらくその場に留まり、今日最後のタバコを吸い終わった。

2007.6.30

これは鳴海の腕に対する私の回答です。
そりゃあんまりにも「とってつけ」な感じだったけど、一応、藤田センセだって見せ方を考えてただろうと思うですよ。
ページがあれば、もう少し伏線があったんじゃないかと夢を見ました。
あと黒賀村からこっち、勝が悪夢を見てる描写が無いのが腑に落ちなくて。
確かに回数は減ってるかもしれないけど、絶対見てる筈なのに!強くなれば見なくなる類いの夢では無いと思うんだけどなぁ。

下手なので台詞とト書きのみ。それにしても痛い文章です…
つーか阿紫花の口調がよくわかんない(汗) 阿紫花のSS書いてる皆さん上手だもん、すごいな〜