友達

「また生き延びちゃったねぇ…マサルちゃん。」
コロンビーヌはそう言って微笑みを浮かべている。
「なんとかね…。」
彼女の視線の先には傷だらけで血まみれの勝が座り込んでいた。
コロンビーヌがその瞳に面白がるような表情を浮かべ、まるで踊るような足取りで勝の方に歩み寄る。
「マスターに近付くな!」
勝に近づいてくるコロンビーヌを遮って、グリポンが翼を広げた。
彼は傷付いた少年を庇うかのように人形の前に進み出る。
「この若作りのゴスロリ人形、マスターにこれ以上手を出したら許さないぞ!!」
「アンタに何が出来るのよぉ。口ばっかりで何の力も無いくせに。」
コロンビーヌは無造作に小さな翼を取り押さえ、その首元を掴んで持ち上げた。
恐怖に震える小さなクチバシに向けて、口の端を持ち上げてニヤァっといやらしく笑いかける。
その時、勝がふらつく体を押さえてゆっくりと立ち上がった。
「コロンビーヌ、グリポン君を放せ。」
彼は燃えるような目で人形を睨みつけ、言い放つ。
その気迫にコロンビーヌは少したじろぎ、翼を掴んでいた手を下ろした。

彼らは今まさに、ゲェムを終えた所だった。

コロンビーヌはゲェムの立会人。勝はゲェムのプレイヤー。
ゲェムの賞品は、勝の大切な人の命と自分の体。
それを守るために彼はずっと、コロンビーヌが連れて来る刺客と死闘を繰り返していたのだ。
今夜も黒賀村から少し離れた人気の無い場所で、彼はマリオネットを操って戦っていた。
そして今、体中に傷を負ってボロボロになりながらもどうにか自動人形を撃ち負かし、立会人であるコロンビーヌと対峙していた所だったのである。

「もう今日は何もしないわよぉ。こんなチビッコを壊しても何の得にもならないし。」
そう言ってコロンビーヌは不貞腐れた顔をした。
傷だらけでフラフラになりながらも自分を射ぬくような目で見つめるマサルの胸元に、手の中で暴れ続けているグリポンを押し付ける。
「私はゲェムの進行役だからね。それ以外の事はしちゃいけないの。
 …でもそのちっちゃいのが生意気な口を閉じなかったら…黙らせちゃうよォ。
 別にゲェムにはいてもいなくても一緒なんだから。」
コロンビーヌはマサルの腕に抱かれたグリポンの方を見て意地の悪い顔をして笑う。
「そんなに口がまわるんだから、握りつぶしたらさぞかし良い声で鳴いてくれるだろうねぇ。」
そんな彼女を見て恐怖に震えるグリポンの体を、勝はぎゅっと力を込めて抱きしめた。
「もしお前がそんな事をしたら絶対に許さない。僕の友達を傷つける奴は容赦しないぞ。」
「トモダチ…?」
勝を見るコロンビーヌの顔が少し変化する。
眉間にしわを寄せ、勝の方にぐいっと顔を近づけた。
「な、なんだよ。」
コロンビーヌの雰囲気に押され、勝が1歩後ずさる。
「アンタはそんなからくり仕掛けの人形を『トモダチ』だって言うの?」
感情の無い顔でコロンビーヌは勝に問い掛けた。
「そうさ。グリポン君は僕の大事な友達だ。何か文句があるのか!」
「マスター…」
グリポンが感極まった表情で腕の中から勝の顔を見上げる。
自分を見つめる視線に気付いて、勝がグリポンの方に顔を向けて優しく微笑みかけた。
「ふぅん…まぁいいわ。」
その様子を見てコロンビーヌはどこか不機嫌な顔になった。
この人間と人形の間には、自分には分からない何かがある…そう思うと何故か面白くない気分が湧き上がったのだ。
自分でもよく分からない感情を持て余し、彼女はその場を去る事にした。
「…またゲェムの相手を連れてくるから…。」
そう言い捨てて踵を返したコロンビーヌの耳に、どさっと何かが倒れる音が届いた。
間髪を入れずにグリポンの悲鳴が響く。
「マスター!どうしたんですか?しっかりして下さい!!」
コロンビーヌが振り返ると勝が地面に倒れていた。
グリポンが必死な様子で呼びかけているが、意識を失い目を開ける気配が無い。
いつもに増して消耗していた勝は、コロンビーヌがこの場を去ろうとした途端に緊張の糸が弾けたようだった。
「ちょっとどいてごらん。」
帰るのを止めたコロンビーヌが倒れた勝に近づき、彼の体を仰向けに寝かせた。
「コロンビーヌ、マスターに触るな!」
慌てたグリポンがコロンビーヌを制止しようとするが、如何せん非力な彼では彼女を止める事は出来ない。
そんなグリポンを無視してコロンビーヌは勝の様子を子細に観察した。
「胸が上下に動いてるから息はしてるよ。血を失い過ぎて気絶したみたいだね。
 アクア・ウィタエを摂取してるからしばらくしたら回復するだろう。
 アタシは人間じゃないから確かな事は言えないけど、死なないと思うよ。」
そう言ってコロンビーヌは勝の隣に座り膝を抱えた。
「私もマサルちゃんに死なれたら困るんだよねェ。造物主様に怒られちゃうから。
 ……目が覚めるまで待ってようかな。」
そう言って面白そうな顔をしてグリポンの方をうかがう。
「よ、用が済んだら帰れよ!お前がいたら落ち着かないだろ…。」
グリポンがマサルとコロンビーヌの間に入り文句を言った。
最初こそ声が大きかったものの、言葉の終わりは消え入りそうだった。
その言葉を無視してコロンビーヌがグリポンに問い掛けた。
「アンタさぁ、人間を殺した事ないの?」
コロンビーヌは真面目な顔をしてグリポンを見つめている。
その何もかもを見透かしたような視線に、グリポンは妙に落ち着かない気分になった。
それでもその気持を飲み込んで、目の前の自動人形に言葉を返した。
「あぁ。生まれてからずっと貞義サマの屋敷にいたからな。マスターに会うまで人間を見た事も無かったんだ。
 だから…血を吸った事もない。そんな事しなくても動けるし。」
「……永遠に、とはいかないよ?アンタだってオートマータなんだから。」
コロンビーヌはグリポンから視線を外し、遠くに見える人里の明かりの方を向いた。
「そうだな。いつか…動く為に血が必要になる事があるかもしれないな…。」
そう言ってグリポンは意識の無い勝の方に顔を向ける。
「アンタは体が小さいから、人間の血を吸っても相手を殺さずにすむかもしれないね。
 ……でもその人間はゾナハ病に罹ってしまう……。
 アンタの体の中だって、私たちと同じ疑似体液が流れてるんだから。」
どこか寂しそうな顔でコロンビーヌがグリポンの方を振り向いた。
それに気づいた彼はコロンビーヌに顔を向ける。
「分かってるさ。いつかマスターのそばに居られなくなる日が来るって事くらい。」
グリポンは俯いて小さくため息をついた。
「…オレは人間の血を吸う気は無いよ。マスターやその友達を悲しませたく無いから。
 人間の血が必要になる時が来たら、それがオレの寿命さ。」
顔をあげてコロンビーヌの方を向いたグリポンは、そう言って微笑みを浮かべた。
コロンビーヌは彼をじっと見つめる。
「…ばっかみたい。人間の血を吸えば永遠にだって動けるのに。
 アタシにはよく分かんないけど、そういうのが『トモダチ』なの?」
不思議そうに言うコロンビーヌを見て、グリポンは困ったような顔をした。
「オレもオートマータだから本当はよくわからないよ。
 でもマスターはオレを『友達』だって言ってくれた。だからオレもその気持に応えたいと思う。
 ……オレはマサルを守りたい。」
そう言って真剣な顔でコロンビーヌを見つめる。
「ふぅん…。やっぱりバカみたい。アタシにはそういう気持がよく分からないよ。」
そう言ってコロンビーヌは顔を上げ星空を仰いだ。

「マサルちゃん、まだ起きないねぇ。」
「…うん。」
勝の目覚めを待つのに飽きたコロンビーヌと彼の身を案じるグリポンは、その顔をのぞき込む。
確かな呼吸の音は聞こえるものの、意識が戻りそうな気配は無い。
「そうだ。」
勝の顔をじっと見つめていたコロンビーヌが何かを思いついたかのように呟いた。
そして楽しそうな顔をしてクスクスと笑う。
「どうしたんだよ…?」
彼女の様子を不審に思ったグリポンが問い掛ける。
すると突然コロンビーヌが勝の顔に自分の顔を近づけた。
「お、お前、何やってんだよ!!!!」
彼女が勝にした事に驚いてグリポンが大声をあげる。
「人間のおとぎ話にあるじゃない。眠り姫は王子様のキスで目が覚めるって。」
悪びれもせずコロンビーヌはにっこり笑った。
「マスターはお姫さまじゃないぞっ〜〜〜」
「…まだ起きないね。もう一回試してみよっか?」
怒って憤慨するグリポンを横目に、楽しそうな表情でコロンビーヌは勝にキスをする。
再び彼女の唇が軽く触れた時、勝の目がぱっちりと開いた。
「あ、起きた。」
「う…うわぁぁぁぁっ!!!!」
状況がよく分からず、でもコロンビーヌに何をされたか気づいた勝は大声をあげた。
「な、な…何をするんだよ!!」
「マサルちゃんがあんまり起きないから、目を開けるようにキスしてあげたのよ。おとぎ話みたいにね。」
楽しそうにケラケラと笑いながらコロンビーヌは立ち上がる。
「その様子じゃ体は大丈夫だね。次もつよぉい人形を連れてきてあげる。またね、マサルちゃん♪」
機嫌よく手を振って、コロンビーヌは彼らの元を去っていった。
それを見送った勝とグリポンが顔を見合わせる。
「ま、マスタ〜…。」
「……グリポン君……。このことギイさんには黙っててよ……。初めてだったのに…。
勝が暗い表情でグリポンに訴えた。
がっくりと肩を落とす勝を慰めようとグリポンはつとめて明るく声を出す。
「もちろんですよ!マスターがオートマータに唇を奪われたなんて、あのハンサムデーモンには誓っても言いませんって!!マスターの大事なファーストキスだったのに!」
友達の訴えに応えてグリポンが自分の胸をたたく。
その様子に勝はちょっと不安になった。そそっかしいグリポンはその気もなく口を滑らしそうだ。
「グリポンくん、本当に言わないでよ〜〜〜〜〜〜」
帰りの空も、ジャコを繰りながら勝はため息を繰り返していた。
嫌な事でも絶対に忘れない、自分の驚異的な記憶力を恨みながら。


2009.4.29

すんません。どうしても勝とコロにチューをさせたくて(笑)。
最後のシーンが書きたくて書いたのに、前振りが長過ぎだわ!