ドンッ…
黒髪の大男が力なく片膝をついた。
「何てこった…。あのシャトルに乗っていたのが『勝』だって…?」
隣で銀色の女も青ざめ言葉を失っている。
「法安さん、アンタ『えんとつそうじ』が勝だと知ってたのか!?」
男は小さな老人にまるで襲いかからんかのように詰め寄る。
「知っておったよ」
老人はしっかりした声で言う。
「知っておったが言わなんだ。
カトウ、言えばお前はしろがねを助けに行けなんだろう?」
「そんな…俺もあいつも、勝が…」
男は言葉に詰まり拳を握りしめる。
「カトウ、その責めを受けるべきはわしらじゃ。
勝をあそこまで追い込んだのはわしと仲町じゃよ。」
老人は静かに言う。
「わしらはしろがねの記憶を見て、あの列車でお前としろがねに、最後の時間を与えてやろうとした。
…勝の気持ちも考えずにな。会わせてやれば良かった…。お前に見せてやれば良かったよ。
お前が同じ列車に乗っていると知った時のあいつの顔を。」
「法安さん…。」
老人に向けていた両腕をだらりと下げ、男は両膝をついて頭(こうべ)を垂れる。
「しろがねと同じに、勝もお前に焦がれておったのになぁ。
しろがねの頭の中のあいつは、いつもお前の事を話しておったのに。
わしは気付いてやれなんだ…」
老人は話し続ける。
「あいつは頭の良い子じゃ。
お前達の車両に行くのをわしらが止めた時、あいつは自分の気持ちをぐっとこらえおった。
思えばあの時、覚悟を決めたのじゃろう。
…カトウ、お前としろがねの幸せのために。
わしはあんな年端も行かぬ子供にすべてを背負わせてしまった。
何もかも、責めを受けるべきはわしじゃ…」
そう言って老人は肩を震わせた。
「法安さん違います!
私が、私こそがお坊ちゃまを守らねばならなかったのに!!
…お坊ちゃまがいなければ、私に幸せなんてありません…」
銀色の女も顔を両手にうずめ泣き崩れる。
「どうしてこんな事に…」
男は膝を床についてうな垂れたまま立ち上がれない。
その前にすっと小さな影が立った。
「カトウサン、立って顔をあげて下サイ。」
それは黒髪の少女だった。
「そして最後まで、ちゃんと見てあげて下さい。マサルさんを。」
彼女は目に涙をためて、それでも微笑みながら言う。
「しろがねさんも、法安さんも、ちゃんとマサルさんを見てあげて。
マサルさんは誰も責めてなんていませんよ。
マサルさんは子供です。
子供だから一生懸命に自分の出来る事を考えて、ああやってシャトルに乗ったんです。
残された私たちは悲しんじゃいけない。
だってマサルさんはそんな事望んでいないもの。
みんなの笑顔のためにあの場所に行ったのだカラ。」
少女は大人たちに語りかける。
「あのやろう…村を飛び出す前に言ったんだ。」
少女の隣に立っていた少年が言う。
「『いつだって大人になろうとしてる子供の血の方が熱いのに』って。
そうだよ、あいつは子供だけど絶対やり遂げる。
信じて待っててやってくれよ、頼むよ。
なぁしろがねさん、笑ってくれよ。
カトウさん、あんたマサルの大事なアニキなんだからさ、しゃんとしてくれよ!」
いつの間にかうな垂れていた大人たちが頭(こうべ)を上げていた。
「大事な…アニキ?」
「あぁ、リーゼに聞いたんだ。
自分を守って死んじゃった兄ちゃんがいて、自分もその人みたいに強くなりたいって。
あいつがリーゼの命を助けた時に言ってたって。
それ、あんたの事なんだろ?
だったら今度もここであいつの事、守ってやってくれ。
あいつがちゃんとやれるように見守ってやってくれよ!!」
少年は男に叫ぶ。そして少女が女に手を差し出した。
「ダメですよ、しろがねさん。涙を拭いて立って下サイ。
ヘーマさんから聞きました。
マサルさんは黒賀村で命がけで戦っていたんです。
しろがねさんのために、必死で。
なのにしろがねさんが負けちゃいけない、ガンバッテ…。
…それにしろがねさん、あなたは私の理想の女性(ヒト)なんです。
だからお願い、立って下サイ。」
銀色の女が少女の差し出す手を取った。
「リーゼさん、ありがとう。
…そうですね、私とナルミが見届けなければ。
お坊ちゃまがあんなにお強くなられたのに、私が負けてはいられませんね。
きっとお坊ちゃまは立派にやり遂げます。
このしろがねが信じていますもの。」
「はい、しろがねサン…きっと…。」
少女の目から涙がこぼれた。それでも彼女は笑顔を崩さない。
女は男に声をかける。
「ナルミ、お坊ちゃまと一緒に私たちも戦いましょう。ここで、最後まで。」
そして老人の手を取り、微笑んでみせた。
「法安さん…ありがとうございます。私の命を救ってくれて。
ナルミを連れて来てくれなければ、私は死んでいました。
…それはきっと、坊ちゃまが悲しむこと。
もう、ご自分を責めないで下さい。一緒に祈りましょう。
坊ちゃまが無事に役目を成す事を。」
「そうじゃな、しろがね…」
老人も前を向いて立ち上がる。
「『えんとつそうじ』は歴戦の勇士なんだな…。
俺の背中を守ったあの男なら、きっとやり遂げる筈だ。
俺はそれを見届けなきゃいけない。」
男もしっかりと立ち、前を見据えた。
「この年齢(とし)になって子供に教えられたわい。」
老人が目を赤くし、鼻の下をこすった。
その場にいた全員が目の前のモニタを見つめる。
暗い画面は未だに何も映さない。
「しろがねサン…。シャトルが飛び立つ前、マサルさんは私に約束してくれたんデス。」
少女が銀色の女にささやく。
「帰ったら動物園に行こうって。私も指切りをして。
…莫迦ですね。
でも、この世に奇跡があるのなら、私はそれを信じタイ…。」
「リーゼさん…」
女は少女を抱きしめる。
「信じましょう、今は。…奇跡を。」
「勝は…俺にも帰ってくるって言ったんだ。奴はきっと帰って来るよ…。」
男が少女の肩に手を乗せて言う。
「マサル…みんなお前を信じてんだ。しくじるんじゃねぇぞ!」
少年が暗いモニタに向かって叫ぶ。
その場にいる全員が同じ奇跡を祈っていた。
一人の少年が役目を終え、無事帰還する事を。
モニタは皆の祈りを飲み込み沈黙を続けている。
彼らはそのまま立ち尽くすしかなかった。
本当の奇跡が訪れるまで。
2007.7.27
タイトルは小林建樹の同名シングル「祈り」より。
このヒトの曲をイメージに当て出したら末期(笑)
ステーションを見守るシーンのページ数、許せないんですけど。あれ(笑)
あそこ色々ドラマになる筈ですよね〜。
鳴海やエレの二人がシャトルに乗ってるのが勝って事を知って、セリフ一つですかい。
そこも一読して悶々してたんで、ついこんなのを書いてみました。
原作風に子供が主役(笑)
子供は傲慢なものですから。
子供に正論を説かれたら大人はぐうの音も出ませんて。
もちろん他にも人はたくさんいるのですが、濃すぎて会話に入れません(笑)
あとねぇ…仲町サーカスの面々に、勝と鳴海の再会を阻んだ事を後悔させたかったんスよ。
…つーか、本当に法安さん後悔してるって、絶対。