「君の体はもってあと半年だろう…。」
車椅子のフウが、勝の横たわるベッドの脇から声をかける。
「…思ったよりもったかな。40代の頃は少し怖かったけれど…。」
「気付いていたのかね。」
目を閉じて呟く勝に、フウがため息をついて答えた。
「僕はあいつの記憶を受け継いでいるんだよ?
30歳になった頃には、ほとんどすべての記憶が甦っていた…。
僕があいつの体細胞クローンで、遺伝子操作を受けているって事も。」
そう言って勝はフウを気づかうように微笑んだ。
「…あぁ。君の記憶力は奴の手で高められていたんだ。
ひきかえに君の体は、アクア・ウィタエの投与がなければ20歳まで持たなかっただろう。
そして君の中のアクア・ウィタエの効果が弱まった事で、抑えられていた病が発症した。」
ベッドに力なく横たわる勝を見つめるフウの目は、年老いた父親のそれであった。
勝もまた息子のように彼に視線を返す。
「フウ、ありがとう…子供たちの事。調べてくれたんだろう?
僕とリーゼに言わないで。彼らに異常がないかどうかを。」
「ふ…む。ディーンの遺伝子操作も生殖細胞には影響を与えなかったようだな。
あの子たちには何の異常も無かったよ。その代わり、記憶力の方も普通だったがね。」
そう言ってフウは小さく微笑む。
「丈夫に育てば十分さ。それに孫の顔も見る事が出来て、何の不満があるだろう。」
勝は満足げな顔をして目を閉じる。
「まさか君の方が先に逝くとはね。…順番が間違っている。」
「悪いね。天国で貴方が来るのを待っているよ。…いや地獄かな?」
フウの呟きを聞き、子供の頃のような顔で勝は笑った。
「…君が望むなら、アクア・ウィタエの用意があるんだがね。」
「そんなもの、残ってない筈じゃ。」
フウの提案に勝は驚いた顔をする。
「エレオノールの血から取り出して精製したのさ。時間をかけてね…。
君の病は、いつ発症するか分からなかったからな。二人とも積極的に協力してくれたよ。」
「確かに若い頃に倒れていたら…自分が何て答えるのか、分からないな。
でも、今の答えは分かってるだろう?」
そう言って勝は微笑んだ。
「ふふ…まぁね。じゃあ、あのサンプルは研究に使わせてもらうとするか。
ふむ。じゃ何か一つ、結果を出さないとな。また死ねなくなったじゃぁないか。」
「そりゃ悪かったね。」
二人は楽しそうに笑い合った。
「…また、リーゼを泣かせてしまうなぁ。それだけが心残りだよ。」
勝がポツンと呟いた。フウもその表情を暗くする。
その時病室に、花を活けた花瓶をかかえリーゼが入ってきた。
「フウさん、いつも…ありがとうございます。」
リーゼは勝の枕元に花瓶を置き、フウに笑顔を向ける。そして勝の方を向いた。
「マサル、分かっていたわ。あなたがアクア・ウィタエを受け取らないって。
でもあなたは56歳で、…今どきは第二の人生を始める年よ?」
そう言ったリーゼの目には涙が溜まっていた。
「すまない、リーゼ…。」
「…私はすぐには行けないわよ?
あなたがいなくなっても、子供や孫に囲まれて、笑顔で生きて…。」
こらえ切れず彼女の目から涙が溢れ出す。
「わかってる。最後まで泣かせてしまうね。ごめんよ…。」
「私の方が3歳も年上で、てっきり私が先だと思っていたのに。」
「…女性の平均寿命の方が長いから、そんな事無いと思うけど。」
勝は自分の胸に顔を伏せて泣くリーゼの髪を撫でながら言った。
「もう、へ理屈ばっかり。」
涙でくしゃくしゃになった顔をあげ、リーゼは微笑んだ。
「ありがとうリーゼ。ずっと傍にいてくれて。」
「最後まで一緒にいるわ。今度は私が行くまで待っていてね。」
「もちろんさ。」
二人は手を取り微笑み合った。
「…お母さん達、病院まで来てイチャイチャしないでよ。
こっちが恥ずかしいでしょ。もう、フウさんだって困ってるじゃない。」
小さい赤ん坊を抱いた女性が病室に入って来た。
彼女は若い頃のリーゼのように黒髪を長く伸ばしていた。
後ろに男性が二人立っている。片方の男性は女性の伴侶のようだった。
病室にいた3人は彼らに笑顔を向ける。
「あら、あなたたち来てたの?」
リーゼが声をかけた。
「親が死にそうで放っとくかっての。フウさんから全部聞いたよ。
僕たちとしちゃ、父さんが生きてる方が嬉しいんだけど。
でも、父さんが選ぶ事だから。母さんも認めてるなら何も言わないよ。」
女性の後ろに立っていた男性が笑顔で言う。
彼には若い頃の勝の面影があった。
「すまんな。死に方くらい自由に選ばせてもらうよ。」
「何言ってんだよ。今まで散々自由に生きてきたくせに。」
勝の言葉に男性が口を曲げて言う。
その表情もかっての勝にそっくりだった。
「…そうかな?」
「そうだよ。」
父親と息子、男二人はそう言って笑い合う。
「好きなサーカスやって、きれいな奥さんもらって、こんな可愛い子供や孫に囲まれて。
文句言ったら許さないから。」
女性が赤ん坊をリーゼの腕に任せて勝の枕元に立つ。
彼女は笑顔ながらもその目に涙を溜めていた。
「それは確かに、その通りだな。」
娘に微笑んでみせ、とても幸せそうに勝が言った。
かって世界を滅亡から救った少年が、その人生の幕を閉じようとしていた。
彼は目を閉じ、心の中に住む一人の男に話しかける。
アンタも自分以外の人間を愛すれば良かったんだよ…。
アンタを愛してくれる人間だっていた筈なんだ。
アンタと同じ器を持つ僕が、こんな幸せな人生を送る事が出来た。
アンタと違って、僕が少しは愛について考えながら生きて来たからさ。
そう、アンタにだって幸せになれるチャンスはあったんだ。
そろそろ僕もそちらに行くよ。
愛について、じっくり話し合ってみようじゃないか。
…僕ももう子供じゃないからね。
今度はアンタも、聞いてくれるといいな…。
彼と一緒に、かって世界を滅亡させようとした男の記憶もこの世界から消え去る。
しかし彼らの血を継ぐ者が残り、生を紡いで行く。
継ぐ者たちは自分たちの力で新しい世界を作る。
…そして生命は引き継がれるのだ。
2007.10.19
スガシカオの「愛について」をイメージしました。
タイトルありきで書いたので、オチがくさい(笑)。
からくりのSSを書き出した最初の頃に考えたネタです。そして一応自分の未来話のパラレル。
なので同じように、フェイスレスの記憶は全部甦るのに時間がかかることになっていて、
アクア・ウィタエの効き目がいつか切れる事になってます。
メインの未来話の勝は原作通りクローンではありません。
これ考えてから「アクア・ウィタエの効き目が切れるのって、自分設定だと若くないとおかしいなぁ」と思い、
若いときバージョンをもう一本書きました(笑)。