ザ・バラッド・オブ・ロンサム・ジョージ

海原に向かって、ぴんと首を伸ばしているゾウガメの写真。
彼の名はジョージ。通称『ひとりぼっちのジョージ』
「まるで僕みたいだ…。」
中学校の図書館で見た科学雑誌に彼の事が紹介されていた。
「君はこの世にたった一匹残された、ピンタ島のゾウガメなんだって?」
勝は無意識にジョージの写真を手で撫でる。
「僕は…しろがねでも人間でもない、中途半端なバケモノ。
頭の中には悪魔を飼ってる。地球にたった一匹しかいないモンスターなんだ。」


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「君の身体はもってあと半年だろう。」
ベッドに横たわる勝に車イスに座ったフウが告げる。
「そうか…仕方ないな。」
血中のアクア・ウィタエの影響が弱まったとたん、勝は倒れた。
生き残りのオートマータ駆逐の件も落ち着き、晴れて仲町サーカスに団員として返り咲いた数年後の事である。
勝とリーゼは二ヶ月後、結婚を控えこれからますます幸せになろうという矢先であった。
「今さらだが、君は遺伝子操作により能力が天才的に高められていたのだ。…ただそれにはリスクがあってね。
 その記憶力とひきかえに、君は遺伝子異常により長くは生きられない身体になっている。」
力なく横たわる勝にフウが説明する。
「まだ僕は…あいつの記憶をすべて見た訳じゃない。あいつが僕に何かしていたなんて、全然知らなかった。」
勝が小さく呟いた。
フェイスレスの記憶は思春期を過ぎた彼の中で様々な形で甦った。
ともすれば流されそうになる自我を必死の思いで繋ぎ止め、勝は今の自分を作り上げたのだった。
「フウ、あんたは僕の知らない僕の記憶を知っている。
 昔、しろがねと同じように見てもらった事があるからね。何を隠してる?
 あいつが僕の頭をいじってたって事だけじゃないんだろ?」
その質問を聞き、フウは小さくため息をついた。そして口を開く。
「君はディーンの肉体の体細胞クローンだ。それを君の母親に代理出産させた。
 奴はああ見えて、女性を見る目は確かだったようだな。
 …君の母親は、君を自分の息子として愛情を持って育てた。君の心根が優しく育ったのはそのおかげだ。
 君はお母さんを愛しているだろう?」
思ってもみなかった事実に勝の顔が曇る。自分があの悪魔と同じ遺伝子、肉体を持っている?
「血は繋がってないって言ってなかったっけ。」
低い声で勝が呟く。
「それがあの男の不可思議な所だ。言動がさっぱり一致せん。『息子』ではない、と言いたかったのだろう。
 君は『自分』になる筈だったのだから。」
フウの表情も暗く沈んでいた。
「まさしく器だった訳だ。」
勝は自嘲気味に言う。
「でも自分の身体を病気にするなんて。あいつらしくないんじゃ…。」
「だからアクア・ウィタエが必要だったのさ。」
フウの答えに勝は理解した。
「そうか、エレオノールと釣り合う年齢になったらしろがねになって、病気は治るって寸法か。」
フウの説明は続く。
「脳も使わないとシナプスが形成されないからね。
 自分の知識を最大限に活かせるように、君にある程度、脳を活性化しておいてもらう必要があったのだろう。」
「確かにステーションのクローン体はちょっとマヌケだったな。おかげで助かったけど。
 でも、僕があいつに支配されていたら今ごろ世界は…。いや何も変わらないか。
 別にあいつはエレオノールが欲しかっただけなんだから。」
唇の端を歪め勝は言葉を吐き出した。
「今となってはそれはわからない。」
フウは表情を変えない。
「まぁいいさ。僕が死ねば奴も本当にいなくなる。」
勝の目はどこまでも暗い色をしていた。


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「マサル、君はしろがねになる気はないかね。」
「は?何を言いだすんだい。」
突然のフウの申し出に勝は慌てた。そんな彼を優しい目でフウは見つめている。
「エレオノールの血から君をしろがねにするだけのアクア・ウィタエが用意してあるんだ。君は死なずにすむんだよ。」
「そして僕に、残り300年近くをしろがねの100年分の記憶をかかえて寂しく生きろと?
 ぞっとしないな。」
勝の目に光は戻らない。
「リーゼにはしろがね化の件を話したよ。君に決めて欲しいと言っていた。だが、決める前に彼女に会いたまえ。」
部屋にリーゼが入ってきた。目の周りが赤く、心なしかやつれている。
「リーゼ…。」
「マサル、具合はどう?辛くない?」
精一杯の笑顔を見せて勝に話しかける。
「今はかなりいいよ…。また心配をかけてしまったね、ごめんよ。」
勝もまた精一杯の笑顔を作り、彼女に言った。
「こんな事くらい何でもないわ。私は自分であなたの傍にいると決めたのだから。」
リーゼはベッドの横のイスに腰掛け勝の手を取る。その目には勝を包み込む温かさがあった。
「リーゼ、ごめん。僕の命は…。」
話し出す勝を手で制し、リーゼは代わりに話し出す。
「マサル、私はいつかも言ったけれど、あなたがしろがねになってもずっと傍に居る。
 私はあなたに死んで欲しくないの。でも…これは私のワガママだから。どうするかはあなたに決めて欲しい。」
ここまで話して彼女は微笑み、また話を続けた。
「ただ、一つだけ聞いて欲しい事があるの。私、赤ちゃんが出来たの。
 こんな事言うの、フェアじゃないって分かってる。でも…でも…。」
リーゼの目から涙が溢れた。

「僕の…子供?」
突然の事に勝も動揺する。リーゼの言うことが上手く理解出来ない。
「えぇ、そうよ。もう四ヶ月。今はまだ目立たないけれど。
 報告しようとした日にあなたが倒れたものだから、言いそびれてしまったの。」
涙を流しながらも柔らかい表情でリーゼは答えた。
「………フウ、図ったね?」
ほおけた顔で勝はフウを見た。
「アタシも君には死んで欲しくないんだ。念のため言っておくが、君の遺伝子の異常は子供には影響しないからね。」
フウも優しく微笑んでいた。
「300年か。子供たちの子供たちを見ていれば、あっという間かもしれないな。」
勝の心に小さな灯がともる。
「そろそろ鳴海君とエレオノール君がアタシのラボから出発する頃だ。アクア・ウィタエを携えてね。」
「手回しがいいな…。」
楽しそうに笑うフウに勝は少しあきれ顔だ。
「実はアクア・ウィタエの中の人の記憶を消す事が出来るようになったんだ。」
そう言ってフウは勝に向かって片目を閉じる。
「え?どういう事…。」
「鳴海君が被験者になってくれてね。
 この十年、アタシは君の病気の治療法とアクア・ウィタエの記憶除去の研究に明け暮れていたのさ。
 君の頭の中を見せてもらった時、すでに君の病気の事は分かっていたからね。
 アタシとしても本当はその病気自体を直したかったんだが…。
 その点では口惜しいが、平行して鳴海君とエレオノール君に協力をお願いしたんだ。
 アタシが君の病気を治せなかった時、せめてもう一つの選択肢を用意しようと。
 君が『しろがね』になる道を選ぶかどうかは分からなかったが、そうなった時、少しでも君の苦しみが減るようにね。
 鳴海君は進んで協力してくれたよ。」
そこでフウはククッと笑う。
「もっとも彼にとってエレオノールの記憶を見る事は、特に苦痛でも何でもないがね。
 アタシ達は皆、君に死んで欲しくなかったのさ。」
「ありがとう…。」
フウの話を聞いた勝の目からは涙が止めどなく溢れ流れ落ちていた。
「しろがねになったら仲町サーカスに戻るのは難しいだろう。フウインダストリーをもらってくれんか?」
「はぁ?」
思ってもいないフウの申し出に勝の涙が止まる。フウはそのまま楽しげな顔で笑った。
「もうしばらくは持ちそうだがね。アタシだって300年近く生きてきたんだ。そろそろ限界さ。」
そう言って少し寂しげな顔をする。それを見て勝も真面目な表情で彼の話を聞いた。
「正直、アタシの研究を継げるのは君しかおらんだろう。君ならアタシよりずっと有意義な会社にしてくれそうだしな。」
「じゃぁ…それは、あんたの順番が来てから考えるよ。それでいいだろう?…僕だってあんたに死んで欲しくないんだ、フウ。」
勝は優しい顔で微笑んだ。

「僕の子供か。」
「きっとあなたに似て可愛い子よ。」
勝とリーゼは手を取り合い見つめ合う。
「名前はどうしようか。そうだ、子供は男の子?女の子?」
「まだ聞いてないわ。」
勝の問い掛けにリーゼは微笑んで答えた。
「楽しみだね。本当にありがとう、リーゼ。」
「どういたしまして。…つらい決断をさせてごめんなさい。私はずっとは…ついていられないのに…。」
リーゼの瞳が哀しげに歪んだ。自分のために勝が長い時間を一人で過ごさねばならぬ道を選んだのだ。
「いいさ。僕こそ君に傍にいて欲しいと言ったくせに、先に逝ってしまおうとしたんだから。」
勝はリーゼを抱き寄せて言う。彼女の苦しい思いは彼にも分かっていた。
「…ゴホン。」
二人の世界に入っていた勝とリーゼの横で、フウが小さく咳払いをした。慌てて二人は体を離す。
その様子を見て、フウがいたずらっ子のような顔をして言った。
「取り込み中すまないが、アクア・ウィタエは二人分用意してあるんだ。
リーゼは授乳が済むまで控えた方がいいが、望むなら二人で一緒に生きればいいだろう。
鳴海君とエレオノール君のように。」
フウは父親のような顔をしてニコニコと二人を見ている。
「フウさん…ありがとう!」
リーゼが思わずフウに抱きついた。これにはさすがにポーカーフェイスの最古のしろがねも頬を赤くする。
「あんたのそんな顔、初めて見たよ。」
そう言って勝は楽しそうに笑った。病室の中は先ほどまでと違い、温かい空気に満たされていた。

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家の中でパタパタと子供が走り回る足音がする。時々立ち止まっては何かを探しているようだ。
勝が気付いて潜り込んでいた天井裏から顔を出し声をかける。
「杏樹、どうしたんだい?」
「あっ。パパいたぁ!ずっとさがしてたんだから!!」
五歳くらいの黒髪の女の子が勝を見つけてニコッと笑った。
「さっきね、テレビで見たの。この前、パパがお話してくれたゾウガメさんのこと。
 あのね、あのカメさんね、ひとりぼっちじゃないんだって。近くの島にね、お友達がいたの!
 パパにも教えてあげようと思って、アンジュすごく探したんだから!!」
女の子は目をキラキラさせて話をする。よほどその話が嬉しかったらしい。
「ジョージに友だち?」
天井裏から降りてきた勝は、娘の話す事が良く飲み込めず目をしばたたかせる。
「近くの島にジョージと半分同じ遺伝子を持ったゾウガメがいるんですって。ずいぶん前に発見されていたみたいよ。」
女の子の後ろからリーゼがついて来ていた。
「あなたがロンサム・ジョージの事を話した時、とても寂しそうな顔をしていたって…この子ったらずっと気にしていたの。」
そう言ってリーゼは微笑む。
「子供の頃、彼の境遇がまるで自分の事のように思えてね。久しぶりに彼の写真を見た時その事を思い出して…。
 今は自分ばっかり幸せで悪いなぁって気持ちになって、つい、傍にいた杏樹に彼の話をしちゃったんだ。」
そう言って勝は微笑んでしゃがみ込み、娘に視線を合わす。
「ジョージにはお友だちがいるんだ。本当に良かったね。杏樹、パパに教えてくれてありがとう。」
「うん。ジョージはねぇ、もうひとりぼっちじゃないの!
 パパもね、アンジュやママがいるから絶対ひとりぼっちにはならないんだよ。」
そう言って女の子は勝にしがみつく。そして腕にぎゅっと力を込めた。
「ありがとう杏樹。そうだね、パパは二人がいるからひとりぼっちにならなくていいね。ずっとね。」
自分にしがみつく娘の体を抱き上げ、勝はにこうっと笑いかける。それに彼女も太陽のような笑顔で答えた。
いつか自分とリーゼはこの娘の命を看取る日を迎えねばならない。ただ、その時には彼女の命を継ぐ者が生まれている事だろう。
自分たちの選択が正しかったのかはまだ分からない。しかし勝は今、この運命を自分に授けてくれた神様に感謝していた。
この腕に感じる柔らかく温かい存在を、自分で守って生きて行ける事を。


2007.10.23

まじめな話、勝のあの天才ぶりはフェイスレスが手を加えて無いとあり得ない気はするんですが。
でも原作には勝=クローン設定は無いんで、一応これもパラレルです(笑)。
そしてなぜか私の中で顔無しクローンは短命設定。頭が良くて遺伝子異常で短命でって某SF小説の主人公ですね☆
中に書き忘れましたが、髪はフウ特性ギミックで元の色になってます。
結局、甘甘の勝とリーゼのSSに仕上がりました。ヌルイ展開なのはお許しあれ。
リーゼと勝を一回ずつ死に別れさせたので、最後は仲良く生き残る方向で書いてみました。
…でも最初は殺す気満々だったんだけど(笑)。娘を用意したらあっさり生き残っちゃった。
二人がしろがねになったら色んな問題てんこ盛りだけどね。
でも二十代半ばで、この選択肢の内『死』を選べるかどうかは正直分かんない。…自分だったらどうするだろう?
元々ロンサム・ジョージを自分となぞらえる勝を書いてみたかったので入れたけど…浮いてるなぁ。
タイトルはthe collectorsの「ザ・バラッド・オブ・ロンサム・ジョージ」から。

※ロンサム・ジョージ:ガラパゴス諸島、ピンタ島に生息するガラパゴスゾウガメ(ピンタゾウガメ)
 の最後の生き残りの1頭の愛称。
 2007年4月にピンタ島から近いイサベラ島にて近い種が発見されました。
 勝さんが世界を飛び回ってる頃なので、このニュースに気付かなかった事にして下さい(笑)
※ツイッターでの藤田先生のからくり質疑応答読んでたら、
 色々こだわりがなくなったので歌詞を削除して再アップします\(^O^)/ 2011.2.14