すべてのひとふたたび生まるるを待つ

病院のベッドの周りを取り囲む人々は、一様に皆涙を浮かべている。
横たわる女性の孫らしい小さな男の子が、彼女の手を取り泣きじゃくっている。
枕元には女性の伴侶らしい年頃の男性が立っていた。
彼は涙をみせず、小さく微笑んで彼女を見つめ続ける。
「…子供たち、最後にお願いがあるの。お父さんと…、私の旦那様と二人きりにしてくれないかしら。」
弱々しくもしっかりした声で、彼女は願い事を言う。
子供たちは皆、その願いを聞き入れ病室を出た。
「あなた…ごめんなさいね。私はこれ以上あなたと一緒にいられない。ずっとあなたの隣にいたかったのに。」
「何を言うんだい、リーゼ。僕たちはずっと一緒さ。すまないが僕が行くまで待っていてくれるかい?」
「もちろん…。でもずいぶんと待ちくたびれてしまうかもしれないわ。…本当のあなたの顔を見せて、マサル。」
そのリーゼの言葉を聞いて、勝は顔のメイクを取り去った。
「あなたは全然変わらない…。」
現れた顔はまだ若々しい30代の男性の物だった。
「…あぁ。僕としては君と同じ時を歩きたかったのに。」
彼の顔は苦々しく歪む。
「あなたはナルミさんやしろがねさんも置いていってしまうの?」
リーゼの瞳が悲しそうに歪んだ。
「わからない…。ある日突然寿命がくるのかもしれない。
 しろがねたちよりもっと早く命が尽きるのかも。…そうであって欲しいけどね。」
どうした訳か勝は、30歳を過ぎたあたりから成長が止まってしまった。
簡単に言うと不老だ。
フェイスレスは彼に様々な実験を施していたらしい。
「僕に執着した訳だよ、アイツが。…きっと実験に手応えがあったんだろうな。
 …でも子供たちに影響がなくて良かった…。そうと気付いたのはあの子たちが生まれた後だったから。」
「ええ、そうですね…。」
寂しそうに微笑む勝に、リーゼも微笑んで答える。
「置いていかないでくれ…リーゼ…。」
突然、勝の両目から涙が溢れた。そのままリーゼに顔を近づける。
「ムリを言わないで、あなた…。」
彼女は弱々しく手を上げて勝の頬に当てた。
「君がいなくなったら僕は…生きて行けないよ…。」
「ごめんなさい。でも…自分で死を選ぶのは止めて…。
 あなたにそんな運命をさずけた神様が、何か役目を用意しているかもしれないわ。」
リーゼの目からも止めどなく涙が溢れていた。
「何も…無いよ。もし神様がいても…こんな事、ただの気まぐれさ。」
「私もあなたをおいて行きたくはないのよ…マサル…。」
「わかってる。最後まで泣かせてしまうね。ごめんよ…。」
勝はリーゼの手を取り微笑んだ。
「誓うよ。僕はずっと君を想って生きる。…自分で命を絶ったりはしない。」
その勝の言葉を聞いて、少し微笑んでリーゼは目を閉じた。
彼女の心臓が停止した。

「母さんが神様の元に旅立った。」
病室から聞こえる父親の声に導かれて、子供たちは中に飛び込んだ。
そこにはベッドに横たわる母親の姿しかない。
開いた窓の向こうの空に何かの影が小さく見えた。だがそれはすぐ遠くに消えていった。
その日以降、子供たちの前から才賀勝の姿は消えた。


「お坊ちゃま、食事の支度が出来ました。ナルミを呼んでいただけますか?」
「100年経ってもお坊ちゃまかァ。…まぁいいけどね。ナルミ兄ちゃん、食事だってさ。」
建物の修理の手を休め、勝は畑仕事をする鳴海に呼びかける。
「おぅ、すぐ行く。お前、今度はゆっくりして行けるのか?」
60歳くらいの外見になった鳴海としろがねの二人は、山奥に居を構え静かに暮らしていた。
その家に時おり勝が訪れる。
「まぁね。今は世界も割と落ち着いてるし、少しくらいのんびりしたってバチは当たらないと思うよ。」
今の彼らはまるで親子のようだ。
「研究所の方も順調。…僕の体の謎は相変わらずだけど。」
そう言って勝は苦笑いをする。
「そうか…。」
「ま、あと100年かければ何か分かるかもね。」
「…その頃は傍にいてやれないかもな。」
寂しそうな表情で鳴海が言う。
「またまたァ。フウなんて300歳近くまで生きてたじゃない。」
「あいつと一緒にするなよ。」
勝の台詞を聞き、今度は鳴海が苦笑いをした。
「そんな寂しい事言わないでよ。…いつかはその時が来るんだから。」
鳴海に小さく微笑みかけ、勝は言葉を続ける。
「でもリーゼと約束したからね。僕は生きて行くよ。
 最近は、人類の行く末を見守るのが役目なんじゃないかって気がしてきたよ。
 勘違いならいいんだけどなァ…。」
「マサル…。」
そう言って空を仰ぎ見る勝に、鳴海はやるせなげな視線を送る。
「僕なりに、世界が少しでも良い方向に向くように努力してるよ。
 人類の愚かさにめげずにね。一人になっても多分、大丈夫。その時々で助けてくれる人がいるから。」
人類の庇護者はそう言って笑った。


「空からのお客さんは初めてだなぁ…。」
勝以外「人類」と呼ばれる種が消滅した惑星に巨大な船が降り立つ。
彼の元に数体の異星の客が現れた。
「これでお役御免かな?」
彼は微笑みを浮かべ、その生命体を迎え入れた。


2007.10.15

ハイランダー + A.I. (笑)。あくまでネタなんで、笑って流してやって下さい(汗)。
「もし勝が○○だったら…」を色々考えてた時があってですね。それを元にSFのショートショート風に書いてみました。
タイトルはジェイムズ・ティプトリー・Jr. の小説から取ってます。
リーゼと勝の別れのパターンはあと二つあるんで(笑)。自己満足で恐縮ですが、また書いちゃいます〜。