君は僕のなにを好きになったんだろう

クリスマス前で賑わう街の中をリーゼが一人で歩いていた。
舞台で使う小物の買い出しに来ていたのだ。
以前と違って彼女がサーカスの雑用をする事はほとんど無くなっていたが、
それでもこだわりのある品は自分の目で見て選びたかった。
一通り用事を済ませ帰途についた彼女がふと立ち止まる。
そして不思議そうな顔をして後ろを振り返った。
「何か変な感じがスル…。」
さっきから誰かが自分を付けてきているような気がしていたのだ。
仲町サーカスのトップスターであるリーゼには、たまにストーカーまがいのファンが付きまとう事があった。
彼女は少し用心をしながら足を早める。それに合わせて、その気配も遅れる事無く付いて来た。
苛立った彼女はそこから数歩進んだ所で、立ち止まりもせずに勢いをつけて後ろを振り返る。
「ダレデスカ!」
少し瞳に力を入れて尾行者を見据えた彼女の前に、見慣れた人物が立っていた。
それにしても会うのは数ヶ月ぶりだったのだが。
「…やぁ、リーゼ。」
勝が頭に手をやって、リーゼの方を見ながらニコニコと笑っていた。
「マサルサン…。」
「驚かそうと思ったんだけど、バレちゃったね。
 先にサーカスに行ったんだけど、君が買い物に出たって言うから追っかけてきたんだ。」
「…帰ってきて大丈夫なんデスカ?」
勝は未だにフウの元でオートマータの駆逐作戦に従事していた。以前の話ではまだ半年ほど戻れない筈だった。
「うん。この前の作戦でかなりの数の自動人形を片づけたんで…さすがにしろがねの二人も消耗しててさ。
 ま、僕もなんだけど。フウの計らいで年が明けるまで次の作戦は無くなったんだ。」
にこやかに笑いながら勝が言う。
「…どうして前もって教えてくれないんデスカ!」
そう言ってリーゼはキュッと眉間を寄せる。彼女は頬を膨らませてそのまま後ろを向いてしまった。
喜んで迎えてくれると思ったリーゼが怒っている。
その剣幕に少し慌てて、勝は思いつく限りの言い訳を並べ立てた。
「吃驚させようと思ったのもあるけど…正直、間際まで確定してなくて。作戦が終了して事後処理が済んだのもこの前だし。」
「もう。クリスマスプレゼント、フウさんの所に送っちゃったじゃないデスカ…。」
リーゼは勝に背を向けたまま拗ねた声を出す。
「あ、ごめん。」
彼女の怒った理由が分かって、勝は何だか幸せな気持になった。
「今回はこのまましばらく日本にいるから、フウの所に届いたら送り返してもらうよ。…それでいい?」
勝は後ろからそっとリーゼを抱きしめる。
顔を赤らめたリーゼが小さくか細い声で言った。
「…フウさん宛のプレゼントも一緒に入ってるんデス。」
「じゃ、それだけ取り出してもらって…」
勝の言葉にリーゼが小さく呟く。
「メッセージカードを一番上に入れたから、フウさんに読まれたら恥ズカシイ…。」
「うーん、あの人の性格じゃ、それで読まないなんてありえないなぁ。」
勝が至極当然の事のように言う。あの知りたがりが目に入ったカードを手に取らない訳が無かった。
「何て書いたの?」
「…愛してます、って。」
リーゼの言葉に勝は嬉しくなって微笑む。
「それなら見られてもいいじゃない。カードにはよく書かれる言葉だし。もらったら僕は嬉しいけど。」
「……他にもいろいろと……。」
リーゼが勝の腕の中で耳まで真っ赤になる。
「それは教えてくれないの?」
「後で見て下サイッ!」
よほど恥ずかしいのかリーゼの言葉尻の声が大きくなる。
そんな彼女の様子を見ると勝も何が書かれているのか非常に気になったが、これ以上問い詰めるのはさすがに気の毒な気がした。
「フウに電話して、包みを開けてもカードを読まないように言っておこうか?」
リーゼに気を使ってそんな事を言ってみる。
「いいです。…フウさんだってきっと『読んでない』って言うんですもの。
 だけど言葉の通りに信じられないから、だったら読まれたと思っている方がいいデス…。」
リーゼが大きくため息をついた。それを聞いて勝がすまなさそうな声を出す。
「ごめん…ね?」
「もういいです。…やっぱり会えると嬉しいもの。」
そう言って振り返ったリーゼはとても幸せそうに微笑んだ。

数日後のクリスマスイヴに勝はフウに電話をかけた。
「この前の電話で言ったリーゼの荷物届いてる?」
「あぁ、あの後すぐに届いたよ。彼女にお礼を言っておいてくれたまえ。このひざ掛けはとても具合がいいよ。」
電話口で機嫌よくフウが答える。
「それでさ、目立つ所にカードを入れたらしいんだけど…読んじゃった?」
「あぁ、あのカードだね。…さすがのアタシもあれは一行しか読めなかったよ。」
フウはそう言ってクスクスと笑う。
「A5サイズのカードに細かい字で君への想いがびっしりと書き込まれているんだ。
 私は日本語に不自由はないが、あの字の小ささには驚いたよ。
 一行読んでさすがに君とリーゼに申し訳なくてね。それ以上読むのは止めたんだ。
 荷物はすぐ送り返したから明日には届くだろう。」
その後少しフウと話をしてから電話を置いた勝は、ニヤニヤ笑いが止まらなくなった。
正直、フウの「一行しか読んでない」は話半分に聞いていた。あのへそ曲がりが本当の事を言う訳が無い。
今の彼はリーゼが用意してくれたプレゼントの中身より、カードの内容が気になっていた。
彼女が自分に綴ってくれた言葉を読むのが楽しみで仕方がない。

サーカスは大家族のような物なので、クリスマスイヴと言っても、恋人と過ごすと言うよりはみんなで楽しく過ごす日だった。
勝は、サーカスの団員の子供たちと一緒にパーティの飾り付けをしているリーゼに声をかける。
「プレゼント、明日には届くって。ひざ掛け喜んでたよ。
 カードも一応フウは一行しか読んでないって…僕と君に悪いから止めたってさ。」
そう言って勝はにっこり笑う。
「本当…デスカ?」
リーゼはちょっと上目遣いになって不安そうな声を出す。
「今回はウソじゃないと思うよ。」
勝は彼女を安心させる為にそう言ってウィンクする。
「ヨカッタ…。」
とたんにリーゼはほっとしたような顔をした。人の良い彼女は勝の言葉をそのまま受け入れたようだ。
「よおし、僕も手伝うか。どこか男手のいる所はある?」
勝が袖を巻くって言うととたんに声がかかる。声のかかった方に向かう時、少し足を止めてリーゼの耳元に小さく囁いた。
「カードが届くのすっごい楽しみ。」
そう言ってニヤニヤと笑う。
「…イジワル。」
リーゼは頬を染めて勝を軽く睨む。
「届いたら大事に読ませてもらうから。」
ちょっと真面目な顔をして勝が言った。そしてすぐ笑み崩れる。
それにつられてリーゼも微笑んだ。
「今日は楽しいパーティになりそう!」
勝を見送って口にしたリーゼの言葉に、周りにいた子供たちから歓声が上がる。
と同時に飾り付けられていた電飾が点滅しだした。部屋にいたみんなが楽しそうに笑う。
久々に勝も加わった仲町サーカスのイヴの夜は、とても楽しくにぎやかに過ぎて二人の笑い声も尽きる事が無かった。

次の日の朝、隣のベッドで眠る涼子が置いたのか、リーゼの枕元に白い封筒があった。
開けるとA4サイズの便せんに、勝の字で彼女への想いが事細かに綴られている。
「マサルサンたら…。」
リーゼはにやけた顔でその便せんに書かれた文字を読む。何度も何度も繰り返し、一字一句覚えられそうな程に。
彼女は彼女のサンタクロースに感謝する。
そして自分も彼に同じ幸せをあげられればいいと、クリスマスの朝こころの中で神様に祈りを捧げたのだった。


2007.12.21

タイトルは斉藤和義の「君は僕のなにを好きになったんだろう」より。
リーゼのカードはタイトルの解答ってことで(笑)。リーゼは本気の手紙だけど、勝はまぁ演出だよね(ヒドイ)。
甘甘だけどクリスマスだからいいやっ!
…最近、他の話で勝さんが可哀想だったから、少しはこんなのもないとね(〃▽〃)