そばにいて

カフェの窓際の席で、不安そうな顔で外を見る黒髪の美しい女性。

日本人にしては目鼻立ちがくっきりしている。その瞳は憂いに満ちていた。
彼女は今日何回目かのため息をつき、赤い携帯電話を握りしめた。
同時に鳴り出す呼び出し音。相手は公衆電話からかけているようだ。
これでは彼女が待っている相手かどうかわからない。
彼女は意を決して着信ボタンを押す。
「はい、橘デス。」
相手が不明なままなので、あまり普段使わないファミリーネームで電話に出る。
「リーゼさん?あ、待って!僕がしゃべり終わるまで答えないで!!」
電話の主は彼女の待っていた相手だった。
「ごめん、あの…その店にリョーコとヘーマがいるんだけど…。
 気付かれないように出てもらってもいい?
 あー聞かれるとマズイから名前は呼ばないで!」
電話の相手は才賀勝。彼女、タランダ・リーゼロッテ・橘の最愛の人物。

9年前、彼女は日本にやって来た。
自分の双子の姉を殺した獣、ビーストという虎を追って。
彼女はサーカスの猛獣使い。それまでは姉に頭が上がらず、いつも姉と母親の影に隠れていた。
姉がいないと何も出来ないと思い込んでいた彼女は、自分の命と引き換えにビーストを殺そうとしたのだ。
そのリーゼの心を救ったのが当時まだ小学生だった勝である。
今でこそ、最高の人形使いであり体術も人並み以上にこなす勝だが、リーゼと初めてあった頃はただの泣き虫の小学生だった。
人と違うことは一つだけ。
自分以外の涙には我慢が出来ず、その涙を止める為なら最後まであきらめずにがんばる芯の強さを持っていた。
彼女がその身をビーストに差し出そうとしたまさにその時、勝は体を張ってリーゼをかばい、彼女が「猛獣使い」である事を思い出させた。
「生きてるってステキな事」そう教えてくれた勝に、リーゼはずっと心を寄せて来たのである。
その勝は今、世界を飛び回っている。
たまにフラッと帰ってきて仲町サーカスに滞在するが、しばらくするといなくなる。
そんな状態が4年ほど続いていた。
尋ねると「色んな国のサーカスで修業してるのさ」と答えるが、そうでない事は何となくリーゼにもわかっていた。


「リーゼさん、ごめん。こんな急に呼び出したりして。」
さきほどのカフェを出て向かった公園に、すぐに勝はやって来た。
体つきはしっかりしているが20歳の男にしては少々小柄で、リーゼと並んでもあまり変わらない。
かろうじて少し高いくらいだ。それでも顔つきはもう立派な大人だった。
12歳の頃からすさまじい体験を積んだ彼は、子供の頃からずいぶんと成熟していた。
明るい性格で、落ち着いた内面をあまり人に気取られる事は無かったが、たまに見せる寂しげな表情にリーゼの胸はしめつけられた。

「ビックリしましたヨ。だってまだアメリカにいるものとばかり思ってましたカラ。
 それにサーカスの皆にも内緒なんテ…」
「もしかして平馬達にしゃべった?」
「言ってませんヨ!…私がそわそわしてたのが分かったのカナ…?
 マサルさんと会うなんて気付いてナイと思うケド。
 でも…どうして急に会おうナンテ…」
木陰の居心地良いベンチにすわり、二人は話し始めた。
「うん、一番にリーゼさんに話したい事が出来たから。
 ホント急だったんで、フウに無理矢理送ってもらったんだ。
 明日の夕方には一度あっちに戻らなきゃ。
 だからサーカスに寄ってると、リーゼさんと話すヒマが無くなると思って。」
「え?」
「実は…世界を旅してたのは本当なんだけど、フウの仕事を手伝っててね。
 仲町のおやじさんにだけは話してあるんだけど、その、ちょっと危険な仕事で…」
「マサルさん!危険ってどういう事デスカ!」
リーゼは勝の口から危険という言葉を聞いてショックを受ける。
彼が言えばそれは本当に「危険」な筈だ。きっと普通の人間では出来ない事をやっている…
「り、リーゼさん、落ち着いて。脅かしてごめんよ。
 …だから言いたくなかったんだけど、ウソも、もう吐きたくなくて。
 ここを出てずっと、フウの指示でオートマータの生き残りを始末してたんだ。
 ゾナハ虫がいなくなったから、基本的にそんなに危ないヤツは残って無いんだけど、何も知らない人間にとっては危ないからね。
 人間に潜り込んでたヤツが残したモノもそのままにはしておけないから。」
「どうして勝さんが?しろがねさんやナルミサンだっているじゃナイ!!」
勝が顔を上げ、リーゼを見る。
「うん、もちろん兄ちゃん達も手伝ってるよ。
 二人はあの後、僕より前からその仕事をしてたんだ。
 もちろん、サーカス巡業もやってるけどね。
 でも手が足りない事があって。そこで僕も手伝いを申し出たってわけ。
 それにそろそろ、本当に危ない奴らは始末できそうだし。」
「でも…」
勝はリーゼの目を見たまま話す。
「兄ちゃんとしろがねは反対したよ。僕にはもう二度と戦って欲しくないって。
 でもオートマータの事だけは、僕はそのままにはしておけないんだ。
 僕の中にフェイスレスがいる限り。オートマータ達はせめて僕の手で死なせてやりたいんだ…。
 それは僕なりのけじめの着け方だから。」
勝の胸にはグリポンやコロンビーヌ、そしてエレオノールを愛したフランシーヌ人形の姿があった。


「そうやって、黙って何でも決めちゃうんデスネ…」
リーゼは俯いて小声でつぶやいた。
「あの時だってそう。あのシャトルに乗ってあなたが宇宙に行ってしまうとわかった時、ワタシハ…」
思わずリーゼの目から涙がこぼれた。
「ごめん。…本当にごめん。」
勝は少しのあいだ目を閉じ、意を決したように口を開いた。
「シャトルに乗った時、僕はまだ本当に子供で、自分の事しか考えてなかった。
 ナルミ兄ちゃんをもう二度と死なせたくない、そればっかり思ってて。
 自分が死んでしまう事もよくわかってなかった。」
勝は言葉を続ける。
「君が会いに来てくれた時、本当に嬉しかったよ。
 そしてもう二度と会えないんだと思った時、やっと自分がやろうとしている事がわかったんだ。
 二度と君に会えない。僕はもう地球に戻れない。
 …君がビーストに命を与えようとしたのを止めた僕が、君と同じ事をしようとしてた。
 それに気付いて僕は、ああ言うしか無かったんだ…」
そう言って勝はリーゼの瞳を見た。
「でもマサルさんは帰ってきてくれマシタ。約束通り。」
「うん…。それだけはフェイスレスに感謝しないといけないな。あの後、動物園にも行けたしね。」
「マサルさん…」
リーゼも勝を見つめ返す。
「心配ばかりかけてごめん。
 僕はこれからも君に心配ばかりかけてしまうと思うけど、もう二度とウソはつかない。」
勝はリーゼの手を取り話し続ける。
「これからもずっと僕の話を聞いて欲しいんだ、リーゼ。
 …ずっと僕の傍にいてくれないか?
 それとも僕みたいなチビじゃダメかな。」
勝はそっとリーゼの指に指輪をはめた。
「4年前、初めて行った国で買ったんだ。いつか君に渡したいと思って。」
勝は照れて頭を掻いた。
「マサルさん、アリガトウ…私、私…」
リーゼの漆黒の二つの瞳から止めどなく涙が落ちる。突然の事に驚きと喜びを隠せない。
「ずっとあなたの話を聞きたかっタ…!!」
勝はリーゼを抱きしめた。
「待たせてゴメンね。僕も…ずっと君の気持ちに応えたかったんだけど、自信がなかったんだ。
 僕が僕のままでいられる自信が」
勝の声が強ばる。
「おじいちゃんの血やしろがねの血を飲んだ事。フェイスレスの記憶をDLされた事。
 どれもこれも僕が君には不釣り合いな男だっていう理由に思えた。」
あの事件の後、勝と平馬は定期的にフウの検査を受けていた。
空中のアクア・ウィタエは人体にさほど影響はないが、二人はこの世で一番濃いアクア・ウイタエが溶けた血を飲んでいるのだ。
しろがね化しない保証は無かった。
それでも平馬は摂取したのが本当にわずかだったらしく、その後数年で血中のアクア・ウィタエの反応がほとんど無くなった。
問題は勝だった。しろがねの血を飲む前に相当な量の正二の血のアクア・ウィタエを投与されていたのだ。
しろがね化の進行が遅かったナルミの例もあり、不安は払拭されなかった。
身長の伸びも遅く、20歳になってもわずかずつではあるが成長しており、しろがねの血のせいで成長が緩やかになっているのではないかと疑われていた。
「そんな事ないデス!」
リーゼが小さく叫ぶ。
「もし、しろがねになってもマサルさんはマサルさんデス。ワタシはそれでも貴方と一緒にいたい…
 ワタシが先におばあちゃんになっても一緒にいて下サイ。」
リーゼの瞳からは涙が止まらなかった。

「ありがとう…
 昨日、フウに教えてもらったんだ。僕の血中のアクア・ウィタエが少しずつ、でも確実に減って来ているって。
 平馬ほどすぐじゃないけど、そのうちほとんど問題無くなるって。背が低いのはただチビなだけだってさ。」
そう言ってリーゼを抱く腕に力を込めた。
「僕は人間のままでいられる。君と同じ時間を生きられるんだ。それを聞いて居ても立ってもいられなくて」
抱きしめた腕をほどいて、勝はとびきりの笑顔をリーゼに向ける。
「君に会いに来たんだ。」
「マサルさん…!!」
今度はリーゼから勝に抱きついていた。
「フェイスレスの記憶はきっと自分の意志で閉じこめておける。」
勝は強い口調で言う。
「君と一緒にいる方が、僕は僕のままでいられるから。だからずっとそばにいて。リーゼ。」
勝の言葉にリーゼはただただ頷いた。


きゅう、とかわいらしいお腹の虫が鳴った。
「あれ、リーゼ。もしかしてお腹空いてるの?」
顔を耳まで真っ赤にしてリーゼが小さい声で答える。
「その…今日は胸がいっぱいで朝から何も食べられなくテ…」
にっこり笑って勝が言う。
「よーし、今から何か食べに行こう。その後二人で仲町サーカスに帰ろう。
 リーゼ、ドラム二世の世話をしなきゃいけないだろう?」
「ハイ…。でも、もう少し二人きりでいたいデス…」
リーゼはさらに、これ以上はないくらい顔を赤くして俯きながら勝に言う。
「サーカスに帰ったら、もう二人きりになれないカラ…」
勝もつられて赤くなる。
「…ドラム二世は、どれくらい待っててくれるかな?」
鼻の頭を掻きながら勝が言う。
赤い顔をあげて、リーゼが笑顔で答える。
「きっとどれだけデモ。実は食事だけはリョーコさんとヘーマさんに頼んであるんデス。」
「あ…だから二人とも変に思って後をつけて来たんだ。
 リーゼ、今までドラム二世の世話を人に頼んだ事ないだろう?」
「ええ。だって今日はワタシ、マサルさんにもう会えないって言われるんじゃないかと思って不安だったんですモノ。
 そんな事になったらすぐにはサーカスに帰れナイ。きっとひどい顔になってただろうカラ…」
そう言ってリーゼは小さく笑った。
「…リーゼ、ごめん。」
リーゼの気持ちを思い、勝はただ詫びるしか無かった。そんな彼にリーゼは優しく言う。
「今日はあやまってばかりですネ。
 私はこんなに嬉しくてステキな気持ちなのニ。
 おかしいですヨ。マサルさん。」
今度は勝の方が耳まで赤くなり、リーゼの手首をつかんで歩き出した。
「この街には確か、おいしいスパゲティ屋さんがあったよね。
 早く行こう!その後も今日はずっと二人でいるんだ。
 明日向こうに戻ったら、出来るだけ早く用事を済ませて…仲町サーカスに、僕はリーゼの所に帰ってくる。
 その後はずっとずっと一緒にいよう!」
「ウソツキ」
そう言って明るくリーゼは笑う。
「えっ、なんで?!」
思いもよらない言葉に、勝は眉をしかめ困った顔でリーゼを見る。
「いいの。もう大丈夫。あなたが私に何でも話すって言ってくれたから。
 あなたはサーカスのリングより大きな場所で、まだしなければいけない事があるのでショ?

 私は仲町サーカスの猛獣使い。
 人形使いでシルカシェンのあなたの帰りをお客様と一緒にリングで待ってるわ。
 サーカスのリングはあなたにとっていつだって帰るべき場所だモノ。」
そう言ってリーゼは勝に笑いかけた。

(ありがとう…)
勝は心の中で何回も繰り返していた。こんなにも愛しい人と思いが通じる幸せ。
自分をこの世に誕生させてくれた神様に、そしてリーゼに。勝は(ありがとう)と言い続けていた。

木々の間を抜けて、二人を優しい風がなでてゆく。まるで恋人たちを祝福するかのように…

2007.7.10

しあわせな勝さんとリーゼたんが見たかったのですぅ。
あちこちに捏造設定が散らばってますが気にしないよーに。
本当は勝がリーゼに魅かれていく過程が描ければいいけどなぁ。てゆーか書かないと自分の中でも辻褄が合わない…
リーゼの勝への気持ちは溢れているのに、その逆は原作ではかけらも無かったよね…。
いやかけらはあったのか。トホホ
最後の方の雰囲気は鳴海としろがねへのオマージュです(笑)
イメージはオフコースの「いくつもの星の下で」。昼間の話なんでウソっぽいですが(笑)
歌詞を見るときっと内容まんまだと思います(^O^;) 小田さんより康博さんのが好きだったんだよなー(古っ)
途中で少しあらすじを入れたかったんだけど、上手く書けないので止めてしまった…。文才が欲しいなーマジで。
※ゾナハ虫がすべていなくなったので、本来ならオートマータは全滅してます。
 でも自分たちを改良していく過程でゾナハ虫が必要でない個体も発生したんではないかなぁ、と思い一応生き残りがいることにしてみました。
 ただ、人間の血を取り込まないと意識は生まれない想定だろうと思うので、生き残りのオートマータは普通の人間にとっては十分脅威ですが、しろがねや鳴海、勝にとってはただの雑魚です。
 なので勝がオートマータ狩りに参加してるのは感傷によるものだと思われます。