放蕩息子の『一時』帰還
「おやじさんにだけは話してあるんだ。」
そう言って勝は、呆然とする平馬に顔を向けた。
そのまま工房のささくれた壁板にゆっくりと左肩を預ける。
その言葉を聞いて一時の困惑から抜け出した平馬が、眉間にしわをよせて低い声で呟いた。
「そんな危ない事をしてるなんてよ。…黙ってるなんて水臭いじゃねえか。」
「みんなに心配をかけたく無かったし、フウにも口止めされたしね。
それに僕も、安全な筈のこの世界に自動人形が残ってるなんて言いたくなかったから。」
勝は困った顔のまま小さく笑った。そんな勝を見つめて平馬が口を開いた。
「お前が…人形を作ってばらまいた奴の尻拭いをしなきゃなんねぇのかよ?」
「あいつの尻拭いなんて、そんな風に思ってた訳じゃ無いけど。
僕にその役が相応しいなら演じるまでさ。」
勝が口の端を小さく歪めた。
「それに、自動人形って言っても昔の奴らほどは強くないんだよ。もうゾナハ虫がいないからね。
普通の人間が敵わない訳じゃないんだ。でも人形使いが相手をした方が確実だからさ。
僕は一応彼らを倒すための訓練も受けたし。」
話しながら勝は自分の右の手のひらに視線を落とす。
そしてそのまま指を丸め、グッと力を込めて握りしめた。
「人形が残ってて被害を受ける人たちがいる。
そして僕は人形を片づけてその人たちを助ける事が出来るんだ。
だったら平馬、僕がどうするかは決まってるだろ?」
勝は伏せていた顔を平馬の方に向けた。壁に傾けていた左肩を離して自分の足ですっくと立つ。
平馬も真っすぐに立ってそんな勝をじっと見つめた。
「人形を繰って自動人形と戦えるのはお前だけじゃないだろ?」
「もちろん一緒に、しろがねと鳴海兄ちゃんも自動人形を片づけてるよ。
でも今、まともに動ける『しろがね』は二人しかいないからね。…半端な僕でも少しは役に立つのさ。」
仏頂面で自分を睨みつける平馬に、勝は諦めたように小さく微笑んだ。
「まぁ確かにお前の腕なら、三下の人形をやっつけるなんて軽いんだろうけどよ。」
そう言う平馬の眉間に、さらに深くしわが刻まれる。
「でもよ、お前は人間なんだぜ?しろがねさんや鳴海さんみたいにタフじゃねぇんだ。
しろがねさんの血のおかげで少しは普通の人間より丈夫になってるけど。
でも、ナイフが心臓に突き刺さりゃ死んじまうんだぞ。」
その言葉を聞いた勝が小さく驚いた顔をした。
平馬の眉間に深いしわを刻ませた理由が勝の口元を綻ばせる。
「死なないよ。僕は絶対死なないから大丈夫。多少怪我はするけどどおってことないさ。」
勝は大きく笑ってそう言った。
「なんだよ、お前のその根拠の無い自信は!」
「本当に大丈夫だよ。僕の繰りの腕前は知ってるだろ?雑魚の人形になんか負けないさ。」
そう言ってニヤリと笑う。素直には言えないが、勝は平馬が自分の心配をしてくれるのが嬉しかったのだった。
「…調子こいてるとイタイ目見るぞ。」
小声で言って平馬は腕を組んだ。
「イタイ目は何回か見たから、本当にもう大丈夫さ。」
そう言って片目を瞑る勝に、今度は平馬が諦めたような顔をして小さくため息をついた。
「いつまで掛かるんだ、そいつは。」
「あと2・3年ってとこ。少なくともフウはそう言ってる。」
天を仰いで勝がぼやく。それを聞いた平馬がくすっと笑った。
「オリンピアには本当はサーカスのリングの方が似合うと思うんだけどな。仕方ねぇ、やることやってから帰ってこい。」
「なるべく早く帰れるようにがんばるよ。」
そう言って、勝は平馬に笑顔を返す。二人は子どもの昔に戻ったように笑い合った。
ふと何かを思い出したような顔をして平馬が言う。
「お前、本当にこの事をおやっさんにしか言ってないのか?」
「うん。なんで?」
「いや、ノリさんたちがさ…。」
「ノリさんたちがどうしたんだよ。」
平馬は記憶をたどってノリとヒロ、ナオタの三人の以前の様子を思い出す。
法安の葬儀の後、サーカスを出たきりほとんど連絡をよこさない勝にノリたち三人は怒り心頭だった。
平馬は「きっとあいつなりに何かあるんじゃ…」と迂闊に親友の肩を持って、とばっちりで小言を喰らった事があったのだ。
平馬は勝の顔をちらっと横目で見た。
「前にお前が全然連絡をよこさねぇって言って、あの三人で怒りまくってた事があるんだよ。
オレ、お前の代わりにノリさんたちに絡まれて大変だったんだぜ…。」
「ご、ごめん!」
勝にはその時の状況が容易に想像できて、思わず平馬に手を合わせて頭を下げた。
そんな勝に平馬は苦笑いを浮かべて話を続ける。
「だけど次の日はもう何にも言わなくってさ。
オレがお前の話を振っても、笑って『どっかでがんばってんだろ』なんて言って。変だなぁって思ってたんだよ。
…ホラ、三人ともわりとしつこいタイプじゃん?」
そう言って平馬は組んでいた腕を解いて顎をさすった。
「おやっさんに何か言われたんじゃねえのかな。」
「マジ?」
「絶対何か知ってると思うぜ。じゃなきゃサーカスを出て何年もフラフラしてるお前の事を、いつまでも放っておかねぇよ。オレだって話を聞くまでは、はらわたが煮えくり返ってたんだからな。」
「ほ、本当にごめん、平馬。でもそうならノリさんたちにも説明した方がいいのかなぁ。」
言葉の最後に横目で小さく睨んできた平馬に、勝は苦笑いして答えた。
「オレの事はもういいさ。それにノリさんたちのコトもさ、向こうから何も言ってこないならほっときゃいいんじゃね?」
「いいのかなぁ…。」
心配そうな顔で勝が小さくため息をつく。
「フウさんには口止めされてんだろ?知ってるかもしれないってのはオレの憶測だしさ。下手に話してヤブヘビなのも困るしな。」
そこまで言って平馬は勝に近付いて、突然後ろからヘッドロックをかけた。
「うわっ何すんだよ!」
油断していた勝が大声をあげる。
ひとしきり勝が騒いだ後、平馬は首にまわした腕の力を緩めた。
「いつまでもしけたツラしてんじゃねぇよ。なぁ、ノリさんたちが黙っててくれるんなら甘えとけよ。お前のことを信用してるから放っておいてくれるんだしさ。」
「うん、分かった。…ありがとう、平馬。」
その後二人は調整を終えたオリンピアとちらかった道具を片づけてから工房を出た。
「平馬…僕が自動人形と闘ってる事、涼子やリーゼさんにも言わないでくれよ。」
二人で並んで歩く途中、勝がポツンと呟いた。
「あぁ。…心配かけたく無いんだろ?」
その言葉に素っ気なく平馬が答える。
「正直、言っても言わなくてもリーゼはオマエの心配ばっかりしてるけどな。本当の事を言ったって変わんねー気はする。」
「でも…。」
平馬の言葉に勝は不安そうな顔をする。
「分かってるよ、言わねぇよ。そんな事聞いて、リーゼにオマエの手伝いに行く!なんて言ってまた飛び出されたらたまんねぇからな。」
そう言ってククッと平馬は笑った。その様子に勝は小さくため息をつく。
「…勘弁してくれよ…。」
そのまま二人は、涼子に小言を言われないように…とシャワールームに向かった。
2009.4.30