砂漠に赤い花
勝とアイシャが話している所に顔色を変えた鳴海がやって来た。
思い詰めた表情で勝を見つめる。ドロシーはドミニクの方に駆け寄って行った。
「マサル、落着いて聞いてくれ。…この国の政府の人間から連絡があった。
まだ報道はされていないが、砂漠でクラーク博士達が反政府ゲリラに身柄を拘束されたらしい。
お前と接触があった事で、政府に『しろがね』の関係者と見做されて、俺の所に連絡が入ったんだ。」
「博士達が…。」
鳴海の言葉に勝も顔色を無くす。
「ここ数年、砂漠の悪魔のおかげでなりを潜めていたのに。政府との交渉中はかろうじて生きているだろうが…。」
勝と鳴海の元にやって来たドミニクも青ざめた顔で言った。
「…人間の愚かさは百年経っても変わらないってか。くそ、政府の人間には『手を出すな』って釘を刺されたよ。」
右の拳で左の手のひらを打ち、鳴海は怒りの表情を浮かべた。
「でも、しろがねにルールは無用なんだよね?」
そう呟いて勝は教会に向かって駆け出した。
「お、おいっ!マサルッ!!」
その後を追って鳴海も駆け出す。
教会に着いた勝はオリンピアのスーツケースを持ちだした。追いついた鳴海がその腕をつかんで取り押さえる。
「今のお前じゃ無理だ。…それにルール無用ったって、オートマータ相手の話だぞ。」
「じゃ、博士を見殺しにしろって言うの?僕にはそんな事出来ない。
博士は僕に言ったんだ。早く記憶を取り戻して自分の出来る事をしなさいって。
それが世界の悲しい事を無くす事につながるって。…僕は僕の中の子供の涙を止めなきゃ。」
「マサル…。」
「博士は僕にそれが出来るって教えてくれたんだ。」
鳴海を見る勝の瞳には意志の力が漲っていた。
自分をつかむ鳴海の手を振り払おうと力を込める。
「…博士達を助けても、反政府軍を潰す事は出来ないぞ。また同じような犠牲者が出る。」
「分かってるよ、そんな事。博士を助けたいのは僕のエゴだ。
ここの政府に睨まれたってかまやしない。僕は僕の大切な人を助けたい。
…それにナルミさんだってこのまま放っておく気はないんでしょう?」
そう言って勝は鳴海にニヤリと笑いかける。
「バレてるならしゃあねぇなァ。でもマサル、お前はここで待ってろ。今のお前じゃオリンピアは繰れねぇぞ。」
勝に気持を見透かされ、鳴海は苦笑いを浮かべた。
もちろん勝の言う通り、政府の言葉に従って大人しくしているつもりは毛頭なかった。
ドロシーを通じてフウに砂漠を移動する手段を講じさせている。
「僕は待っているつもりはないよ。」
鳴海の手を振りほどき、勝はオリンピアの指ぬきを嵌める。
「マサル、無茶だっ!」
「体が覚えてる。オリンピアは僕の言う事を聞いてくれる。…オリンピア、行くよ!」
スーツケースから勢い良くオリンピアが飛び出した。彼女はふわりと勝の体を抱き上げる。
そこにドミニク達が教会に到着した。
「マサル、君は…。」
「ドミニク牧師、二人を必ず連れて戻ります。待っていて下さい。僕はもう二度と、自分の腕から命を取りこぼしたりしない。
…ナルミ…さん?」
オリンピアの片方の腕に鳴海の体が収まっていた。
「お前がどうしても行くって言うんなら、俺も連れて行け。…フウの返事を待ってたら遅くなっちまうからな。
二人で行けば絶対助けられるさ。なぁ?マサル。」
鳴海が勝に向かってニヤリと笑いかけた。
「うん!」
鳴海の言葉に勝も力強く頷く。
「ドロシー、そういう訳だからフウに言っといてくれ。それと…」
「分かりました、ナルミ様。これを…お持ち下さい。現在のクラーク博士の位置を捕捉してあります。」
鳴海の言葉を受けドロシーが小型の端末を差し出す。そこにはクラーク達の所在とゲリラのデータが表示されていた。
「輸送機が手配してありますので、追って私もそちらに向かいます。…その頃には事態は終息していると思われますが。」
「サンキュ、ドロシー。…マサル、やみくもに飛び出してどうする気だったんだ?」
ドロシーから端末を受け取り、鳴海が意地の悪い声で言う。
「…ごめん。頭に血が上ってて。」
ばつが悪く赤い顔をして勝が鼻の頭を掻いた。そして笑顔になって鳴海に声をかける。
「ありがとう、ナルミ兄ちゃん。しっかりつかまってて。行くよ、オリンピア!」
「あ、何?マサル??」
勝と鳴海を抱いたオリンピアが大きく白い翼を広げ、ふわりと宙に浮かび上がった。
「神よ…。」
ドミニクの目にその姿が天使のように、聖母のように美しく映る。
「オリンピア、本当にきれい。スーツケースの中で見るよりずっとずっとキレイだね。」
アイシャが目を細め、飛び去るオリンピアの影を見送る。
空の果てにその姿が見えなくなるまで、残された三人は教会の前に立ち尽くしていた。
2007.12.17