砂漠に赤い花
「普通、そんな話信じられないよね。」
鳴海の話を聞いた勝が大きくため息をついた。
「僕の中に他人の記憶が刷り込まれているとか、動く人形がいるとかさ。
それに僕があのマリオネットを操ってそいつらと戦っていたなんて。」
「そうだろうな。」
途方に暮れたような顔をする勝に鳴海は微笑んでみせた。
「こうやって見ても全然普通の人と変わらないのに、ナルミさん…五年に一度しか年をとらないなんて…。」
「今のお前も普通よりは『しろがね』に近いんだけどな。気付いてないかもしれんが、怪我の直りが異常に早い筈だ。
『しろがねの血』を飲んだ事があるからな。」
「クラークが言っていたよ。見つけた時の君の痣がすぐに治ってしまったと。」
鳴海と勝の話を聞いていたドミニクが話の間に入る。
彼は一度礼拝堂を出ようとしたが、話を聞きたければ他言しない事を条件に、その場に残る事になった。
「そうだったんだ…。でも、思いだせなくてもそれが本当の事だってわかるよ。
体中にある傷もそうだし、このごつごつした指がオリンピアを繰る指ぬきを嵌めてた事を教えてくれる。
それに分かるんだ。
ナルミさん、僕があなたを信頼してるって事が。」
そう言って勝は鳴海に向かって何かが吹っ切れたような顔をして笑いかけた。
「ナルミさんか…しゃあねぇな。」
鳴海は少し寂しそうな顔をして頭を掻いた。
「あ…僕何て呼んでたの?」
勝が鳴海の顔を見て言う。
「それはお前が思いだしてくれ。それまではナルミさんでいいよ。」
「ごめんなさい…。」
「謝るこっちゃないさ。とにかくお前はこっちに戻って来てくれた。
今はそれで十分さ。」
鳴海は勝の頭にポンと手を載せた。その手の感触を確かに自分は知っている。そう勝は確信し、自分のそばに立つ大きな男を見上げ微笑んだ。
「そうだナルミさん。ドロシーもしろがねなの?なんか色々人間離れしてる気がするけど。それとももしかして…。」
自分の過去の話を聞き終わり、残った疑問を勝が口にした。この中で彼女の立ち位置だけがすっきりしない。
「マサル様、私はフウ様に作られた自動人形でございます。」
ドロシーが無表情に勝に答えた。
「…なんだって…?そんな、あんたまるっきり人間にしか…。」
その場にいたドミニクが、蒼白な顔をして呟いた。
「他人には言わない方が宜しいですよ、ドミニク牧師。間違いなく信じていただけないでしょうから。
ナルミ様の腕と違って証拠をお見せする事は出来ませんが、私は人間ではありません。」
そう言うドロシーの表情には少しの変化も無い。
「やっぱりそうなんだ。でも仲良く出来る自動人形もいるんだね、良かった。
理由は分からないけど、とても嬉しいよ。」
ドロシーの方を向いて勝がにこうっと笑った。
「大丈夫か、ドミニク牧師。やっぱりこんな話、聞かない方が良かったんじゃねえか。」
青い顔をして黙り込むドミニクを気づかって鳴海が声をかける。
「いや、心配かけてすまない。聞かせて欲しいと言ったのは私だからな、大丈夫だよ。
しかし、あの出来事に君たちがそんな深く関わっていたとは…。」
ドミニクは薄く笑ってそう言った。
「あの出来事が人によって引き起こされて、人の手によって幕が下ろされていたとは考えもしなかったよ。」
俯いた男はため息をつく。
「貧しかったこの国では、ゾナハ病が去った後の方が大変だった。突然人々が体の機能を奪われたからな。
あちこちで事故や火災が起きて、数ヶ月して目覚めた後は多くの人間がゾナハ病以外の病気や事故で死んでいったよ。
私は…自分の力の無さを実感した。…神の気まぐれの前に人間は為す術も無いのかとね。
ふふ、まさか一人の人間の気まぐれで引き起こされていたとはね。」
ドミニクの表情はどこまでも暗い。
「…あんたの事だから、その命を救おうと走り回ったんだろうな。」
教会の中に鳴海の声が穏やかに響く。
「わかるよ。あの時、俺の目の前でゾナハ病の子供たちが次々と死んでいった。そして自分のせいで多くの仲間が命を失った。
俺はその命の重さに自分を見失った事もある。」
ドミニクに話しかける鳴海の表情は優しかった。
彼には牧師があの出来事の後、この国を襲った悲劇から立ち直れないでいるのが分かった。
「ナルミさん…。」
勝が心配そうな顔で鳴海を見上げる。
「お前までそんな顔をするなよ、マサル。
あの出来事はもう終わったんだ。残された俺達は自分の出来る事を精一杯やればいい。
今、生きてる皆が幸せになれるように。
それを俺に教えてくれたのはお前なんだぜ、マサル。」
「僕が…?」
自分に微笑みを向ける鳴海に、勝は少し驚いたような顔をする。
「過去にこだわってちゃ誰も幸せになれない。…そうだろ?」
鳴海はそう言って再び勝の頭に手を置く。そしてドミニクに向き直った。
「なぁ…ドミニク牧師。失われた命を嘆くのはいい。でもあんたは今を立派に生きてるんだ。
この周辺の人達に聞いたよ。あんたが彼らのために色々と骨を折っている事を。…それでいいじゃねぇか。
何かあれば、その時にまた足を踏ん張ればいい。きっと前よりは上手い具合にやれるさ。」
鳴海の言葉を聞いてもドミニクの顔は伏せられたままだった。
「…消えないんだよ、頭から。あの時の子供たちの泣き声が。」
「俺もそうさ。それに俺は…忘れる気も無いよ。ゾナハ病棟で会ったあいつらの涙や…苦しんでた顔を。」
低く呟かれたドミニクの声に静かな声で鳴海が答える。その声には自分より年長の傷ついた男をいたわる響きがあった。
「俺はさ、今サーカスをしながら世界を回っている。
パートナーがいいんで、たいした芸が出来ない俺でも子供たちを笑顔に出来るんだ。
幸せだよ、その一時が。俺の目の前で笑っている子供たちと一緒に、逝っちまったマークやみんなが笑ってくれるんだ。
なぁドミニク牧師、アイシャや他の皆があんたに笑いかけてくれる時、きっとあんたの中の子供たちも一緒に笑ってるよ。
…まだあんたにそれが届かないだけで。」
「…あの子達が私に笑ってくれるだろうか…。君の子供たちのように。」
ドミニクの顔は伏せられたままだった。ただ、その表情が伺えなくても声の調子がわずかに変わったのが分かった。
「あぁ。あんた自身が幸せにならなきゃ…。その子達も笑えねぇよ。」
ドミニクは伏せた顔を手で覆う。その肩は小さく震えていた。
2007.12.14
マークの名前が被ってた(汗)