砂漠に赤い花
目の前の黄色い砂の大地一面に広がるのは夥しいオートマータの残骸。
それも子供型で、部分的に見れば本物の人間と見紛うばかりの生々しい姿を晒していた。
「……やっぱりあいつら、趣味悪ィな。本物の子供が積み上がってるみたいだぜ。」
オートマータの墓場の前で鳴海は口元を押さえて独りごちる。
「フウ様に伺った話では、マサル様の脳はガイドの男を死なせた事と
この陰惨な光景を見た事で大きなショックを受けたと言うことです。
それが引き金になって白金の記憶が一度に大量にフラッシュバックし、
一時的な記憶の混乱を招いているのでしょう。」
鳴海の横に立つメイド人形が言う。
「白金…フェイスレスは記憶のダウンロード技術を開発するため多くの人体実験を行った様です。
戦時中だった事もあり、実験体には事欠かなかったと。
また、その大半が子供だったそうです。
この目の前に広がる光景が、その記憶を誘発する引き金になった恐れは十二分にあります。」
「やっぱりサイテーな野郎だな。」
舌打ちをして鳴海は言葉を吐き捨てた。
「その記憶の所為で、他の残虐行為の記憶もマサル様の中で誘発され甦っているとすれば、マサル様の受けた心理的なダメージはかなり大きいかと思われます。」
メイド人形は話し続ける。
「そのダメージによって記憶の混乱が引き起こされているとしても、マサル様の回復には私たちの出来る事はありません。
ご自身で回復される事を待つばかりです。」
「何も…?」
「はい。これまでのマサル様についてご説明差し上げた後は、時間にまかせる他ありません。
…ただ、あの方達に救われるまでの間のマサル様の行動は確認しておく必要があります。
…この国に記憶を失う他の要因があるかもしれませんので。」
「わかった。予定通りマサルの足取りを追えばいいってこった。」
小さくため息をついて鳴海は呟いた。
「それにしてもお前、他のメイド人形に比べておとなしいな。」
「私はフウ様の作られた人形のプロトタイプです。あまり複雑な表情を作る事は出来ません。
ナルミ様は軽薄なタイプの人形はお嫌いだろうと言う事で、私がお供する事になりました。」
ニコリともせずに人形は言った。
「ま…あ、あそこのキャピキャピした連中といるよりは、ずっと楽だけどな。
そういやドロシーだっけ?お前さんに名前があるなんて知らなかったよ。」
「今、プロトタイプで残っているのは私一体のみですが、当時フウ様は作られる人形全てに名前を与えておられました。
しかし、人形達の精度が上がり、より人間に近く見えるようになると名を与えるのを止めてしまわれました。」
そう言って目を伏せた人形は、表情は無い筈なのに何故か寂しげに見えた。
「へぇ…なんでだ?」
その表情も気になったが、純粋な好奇心から鳴海が聞く。
「名を与えると…心が宿ってしまうから、と申されておりました。名を呼ぶ事で相手が人形である事を忘れてしまうと。
しろがねが人形と人間の区別がつかなくなっては本末転倒だから、と笑っておられました。
…一度つけた私の名前を取り上げる事はなさいませんでしたが。」
「ふぅん…。」
「ゾナハ病が絶滅し、今ではあの方は新しい人形を作らなくなりました。必要が無いと言えばそれまでですが。
それ以前よりも残っている私たちを丁寧に扱って下さいます。その事が何を意味するのかは人間でない私には分からないのですが。」
鳴海の方を向いた人形の顔は、光の加減か…彼には小さく微笑んで見えた。
「人間だってわかんねぇことはあるサ。…あの変人が何考えてるかなんて俺にゃさっぱりわかんねぇよ。」
鳴海は苦笑いを浮かべ頭を掻く。
「名を与えると心が宿る…か。実際そうなのかもしれねぇな。たしかに俺にも他のメイド人形達よりあんたが人間らしく見えるよ。」
その言葉を受けてまた人形の顔が変化して見える。
人形のドロシーは今、鳴海を不思議そうな顔をして見つめていた。
「そうですか…?仲間に比べて喜怒哀楽の表現が乏しい筈ですが。」
「こっちの気持ちの問題かな。話を聞いてるうちに、俺もあんたが人形だって事を忘れそうになったよ。
フウがあんたを大切にしてるんだって思ったらさ。」
「フウ様が私を大切に?」
微笑みを浮かべ自分を見る鳴海にドロシーは問いかける。
「あんたのメモリーから名前を消す事は出来るんだろ?それをしなかったって事は奴があんたをそのままにしときたかったって事だ。
…ま、大切にしてるかどうかは、正直本人に聞かなきゃわかんねぇけどな。
でも記憶ってのは人間にとって心を形作る基盤みたいなもんだ。
それを消さなかったってのは、俺みたいな単純な人間からすれば大事にしてるんだと思うけどなぁ。お前もフウの事は大切なんだろう?」
「そのようにプログラムされておりますから。」
相変わらず不思議そうな顔でドロシーは答えた。
「思い思われる事で心は成長するのさ。
しかし、人間の女には見向きもしないくせに…人形と心を通わせてるとはね。やっぱり俺には変人の考える事はわかんねぇ。」
鳴海はそう言ってニヤリと笑った。
「ナルミ様。あの方を侮辱する事は許しませんよ。ですが、今私はすぐには処理しきれない問題を抱えたようです。
それが解決するまで今の発言は保留しておきましょう。」
そう言ったドロシーの顔が微笑んでいるように見えた。
「マサルも…自分の記憶を取り戻さなきゃな。あいつを思って、あいつの心を支えた人たちの事を忘れちゃいけねぇんだ。
あいつ自身、それを失いたくない筈なんだ。さぁ、行こうドロシー。
マサルの足取りを追って。…役に立つかどうかはわかんねぇけどな。」
二人はオートマータの骸が広がる砂漠を後にして街に向かった。
勝の記憶を取り戻すために。
2007.12.2