〈11話〉

砂漠に赤い花

「兄さん、話は終わった?」
戸が開いて勝が顔を出した。
「ドミニク牧師、今から僕、アイシャの家に行ってもいいですか?」
『牧師様、マサルが私の家の道具も直してくれるって言うんです。』
アイシャと勝はニコニコと笑いながら並んで立っていた。
「君はこの国の言葉も分かるのかね。」
ドミニクは少しあきれたような顔をした。そこに後ろからメイド人形が声をかける。
「私が通訳させていただきました。」
「兄さん、ドロシーってすごいんだね。あらゆる国の言葉が話せるし、力もあるし。…メカニックにも僕より全然詳しいもの。」
勝が心底感心したように言った。
「…お前、コイツが何者か本当に分からないんだな?」
「どういう事…?ドロシーの事も僕は忘れちゃってるの…?」
途方に暮れたように言う鳴海に、勝は不思議そうな不安そうな顔をして答える。
「いや、お前が彼女に会うのは初めてだよ。フウの所で働いている女性はみんなスーパーウーマンなのさ。
 …その事は知ってる筈だからな。その…ドロシーには俺の通訳の為に付いて来てもらったんだ。」
鳴海はそのメイド人形がドロシーという名なのを、今初めて知った。
「…本当に僕、全部忘れているんだね…。
 もしかして…銀兄さん…じゃないの?顔を見てすぐ思い出したのに。それが間違ってる…の?」
勝は不安気に顔をしかめる。
「俺はお前のアニキだ。それは合ってるよ、無理しなくていい。
 記憶はゆっくり取り戻せばいいさ。俺も…お前の事を忘れちまってた事がある…。
 これでおあいこだな。…いや、「兄貴」を覚えてる分、お前の方がマシかもしれねぇ。」
そう言って鳴海は優しく微笑み、勝の頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でた。そしてドミニクの方に向き直る。
「ドミニク牧師、すまねぇが少しの間、こいつを預かってもらえないだろうか?
 今から俺は、この国に来てからのこいつの足取りを追おうと思う。もしかしたら何か、記憶を無くした原因がつかめるかもしれねぇ…。」
「あぁ、かまわんよ。元々一週間は預かるつもりだったんだ。それに彼がいた方が私も何かと助かるしね。」
鳴海の頼みにドミニクは快く応じた。
「兄さん…。」
不安そうな顔をして勝は鳴海を見上げる。
「心配すんな。先にホテルからお前の荷物を取ってきてやるよ。…それを見れば、すぐ記憶が戻るかもしれねぇしな。
 ちゃんと…ドミニク牧師の手伝いをするんだぞ?」
「うん。」
鳴海はドロシーを連れて教会を出た。

「わぁ、すごくきれいな人形。これマサルの?」
鳴海が置いて行った荷物の中に大きなスーツケースがあった。
開けると、美しくとても精巧な人形が入っている。
「そう…みたい。この人形の顔を見るとすごくほっとする。」
「何か思い出した?」
「ううん…。何も。」
アイシャの問いに勝は横に首を振る。クラークが買い与えてくれたものに比べて、自分のディバッグに入った荷物はやけに少なかった。
そのすべてを一通り見てみたが、特に何か記憶が戻るという事もなかった。
ただ、スーツケースに収まった人形を見つけた時だけは…胸の高鳴りを感じた。
その顔を見るとさらに鼓動が大きくなる。自分がこの人形にひどく思い入れている事が分かった。
…彼女のキレイな顔をどれだけ眺めても、その理由は少しも彼の心に甦らなかったが。
「そう、残念ね。そのうちきっと思い出すよ。最初は自分の名前だって分からなかったんでしょ?」
少女の慰めの言葉に勝は小さく頷いた。
「でも良かった。マサルが仏語が出来るって分かって。じゃないとお話出来なかったもんね。
 私のはおばあちゃんに教わっただけだから、変かもしれないけど。」
「変じゃないよ。ちゃんとアイシャの言うことが分かるもの。
 でも今日は、アイシャの所に行けなくなってごめんね。明日は必ず行くから。」
結局この日は少女の家で道具の修理をする、という約束は果たせなかった。
出て行った鳴海が荷物を持って一度戻るのを待っていたり、ドミニクを手伝ったりする事で、午後の時間がほとんど終わってしまったのだ。
「ありがとう。でもマサル、博士たちが帰って来るまではいるんでしょ?慌てなくてもいいよ。
 ドミニク牧師ぶきっちょだから、色々やりかけて置いてあるのよ。先にそっちを手伝ってあげて。
 さてと、今日はもう帰るね。夕食の準備はしてあるから。」
アイシャは笑顔で勝に言う。
「うん、わかった。じゃあまた明日、アイシャ。」
「さよなら、マサル。」
勝も笑顔で手を振り少女を見送った。


2007.11.16

ため口聞いてますが、たぶんアイシャは十二歳くらい。
勝さんは十三歳くらいに見られてるな、きっと(笑)