〈10話〉

砂漠に赤い花

「マサルの身元保証人があのフウインダストリーの会長だって?」
鳴海とドミニクは二人で食堂で話していた。小間使いのアイシャと勝、メイド人形は外に出ている。
二人が話している間、勝が教会の壊れた道具を修繕すると申し出たのだ。
彼は先日ラジオを直してドミニクが喜んだ事を覚えていた。
そして意識が戻ってからクラーク達と一緒に過ごした間の事は全て記憶していた。
「えぇ。…ですからあいつがご迷惑をかけた分はいくらでもお返しします。」
鳴海が慣れない台詞を口にする。…こういう、事を金で解決しようとするのは好きではない。
「…そんな事はいいが、彼はやはり事件に巻き込まれてこの国にやってきたのかね?」
クラークから聞いた勝を助けた時の経緯は全て話した。
そして代わりに鳴海が語ったのは、彼がフウインダストリーに縁のある者と言う事だけ。
ドミニクは勝と言う不思議な少年が、本当は何者なのかが気になった。
「そういう訳でもないんですけどね…。」
鳴海は困ったように頭を掻く。勝が普通の状態であれば、もちろんフウの名前を出しはしない。
ただ今回はすでに彼らに説明不可能な事態が色々と生じている。
全ての質問を封じる為に自分の名前を使えとフウに言われたのだった。
「説明はしてもらえんのかね?」
ドミニクはじろりと鳴海を睨む。
「牧師さんはいい人みたいだし、ごまかすのは俺の性に合わねぇんだけど。
 …申し訳ないが詳しい事は言えねぇんだ。あんたたちにこれ以上迷惑をかける訳にはいかねぇしな。」
ドミニクに睨まれて、敬語をやめて鳴海は仏頂面で言う。彼自身歯がゆい思いをしていた。
「少なくともマサルは自分の意思でこの国に入った。俺たちには特別なルートがあってね。
 別に悪い事をしようって訳じゃない。…ちょっとした害虫退治さ。
 しかし、この国に入った後、あいつの身に何かが起こったみたいで。」
ドミニクは鳴海の目を見つめる。鳴海の目は怯まない。
「ふむ。悪人でないということは信じておこうか。では君は本当にマサルの兄なのかい?
 それくらいは聞いていいんだろう?」
「血の繋がった兄という訳じゃねぇが、あいつの事を本当の弟のように思っている。
 …ただ俺は〈イン〉じゃない。名前は〈ナルミ・カトウ〉だ。ドミニク牧師。」
最後に真剣な顔をして鳴海は言った。
「じゃ〈イン〉というのは誰なんだ。彼の血の繋がった兄弟なのかい?…これは教えてもらえないのかな。」
「説明が難しいんだよ、…牧師。話してもきっと信じてもらえねぇ。」
鳴海の目はドミニクにそれ以上の質問を禁じていた。
「これでも神に仕えている人間だよ、私は。ただの牧師だから…奇跡にはお目にかかった事はないが。
 少々の事では動じない心構えがあるつもりだがね。」
ドミニクが鳴海を上目遣いで睨む。
根負けして諦めたような顔で鳴海が言った。
「あいつの中には…自分以外の人間の記憶が眠っている。」
「彼が誰かの生まれ変わりとでも?」
「違う…。もっと子供の頃、人為的に他人の記憶を埋め込まれたんだ。」
「…人類にはそんな科学力は無かった気がするが。それともフウインダストリーはそんな物騒な実験をしているのかい?」
ドミニクは少し疲れた顔でそう言った。
「フウのじいさんにそんな趣味はねぇな。
 昔、世界を滅ぼそうとした物騒な男に、マサルは体を乗っ取られかけたんだ。
 ありがたい事に、そいつはもうこの世にいない…。」
淡々と鳴海は話す。
「…確かに信じがたい話だな。」
そう言ってドミニクは渋顔を作る。
「これを見てくれ。」
鳴海は右の手袋を取って、マンバの人形の手を見せる。
「あんたはこんな義手を見た事があるか?俺は両足とも機械仕掛けだ。この世には…世間の常識の通じない世界もあるのさ。」
「君たちはその進んだ技術を独占しているのかね。」
ドミニクの視線は鋭さを増す。
「…残念な事にこの手は普通の人間には付かねぇんだよ。
 俺は数年前死にかけた時に魔法の水を飲まされて…人間じゃ無くなってる。」
鳴海は自嘲気味に笑った。
「そのまじない(テクノロジー)を作った錬金術師は大昔に死んでいて、フウやその他の人間達が研究を進めているがその技術は未だ薮の中だ。
 まぁでも一応、その研究で手に入れた様々な技術は人類にフィードバックされてるよ。
 …誰が作ったか分からない便利なものは世の中に溢れている筈だ。」
「この国には害虫退治に来たと言っていたな。
 ここでは昔から砂漠の悪魔の伝説があったが、四年前の騒動の後、実際に出会ったという人間が増えた。
 …それに合わせたようにいくつか村も消えている。
 君の話に関係はあるのかね?」
そう言ってドミニクは口の端を歪めた。
「さぁ?ただ、これからは原因不明の事件は減るかもしれねぇが。」
鳴海も口元を歪めて答える。
「彼はただ記憶を無くしている、という訳ではないんだね。」
ドミニクは小さく息を吐いた。
「混濁して…マサルを乗っ取ろうとした男の記憶が表面に出ているようだ。俺は〈イン〉じゃないし、パートナーは〈フランシーヌ〉じゃない。
 どうなっているのかは俺にも分からねぇ。実際の出来事とマサルの中の記憶に齟齬が起きてる。
 そいつはフランシーヌを自分の物だと思っていたのに、マサルは彼女を〈イン〉の妻だと言った。
 …マサルに記憶を移した男が白金(バイジン)と言い、その兄が白銀(バイイン)なんだ。俺はその〈イン〉という男に似ているらしい。」
 喋りすぎたようだ。忘れてくれ…。」
鳴海はそう言ってため息をついた。


2007.11.16