涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない
涼子は勝を探しに行ったリーゼの代わりに、
平馬は見つからない勝の代わりに、夕食の支度をしていた。
「へぇ、今日はあんたとリーゼの二人で買い物に行ったんだ。」
涼子は勝が買い物に行けなかった事を聞いた。
正直なところ内心面白くなかったが、顔に出す訳にもいかないのでいつもの通り茶々を入れる。
「じゃ、リーゼと二人でデート出来て良かったじゃない。」
「ばっ…、な・何言ってんだよっ。」
平馬はいつも通り顔を真っ赤にして反応する。
やっぱり涼子には面白くない。
「ま、でも今日は…。
本当はマサルがいてくれた方が、助かったんだけどな…。」
ふと真顔になって平馬が言う。
「え、何で?」
「リーゼが男にからまれちまってよ。
一人二人なら俺でも何とかなったんだけど。五人もいちゃ…お手上げでさ。
三人の野郎にさんざん殴られて。もぉ、まいったってーの。
マサルだったら…
きっとリーゼに手も触れさせないで、あいつらをぶちのめしたんだろうなって思うとさ…」
平馬の口元に苦笑いが浮かんでいた。
「ふぅん…。でもさ、ヘーマ。あんた、ちゃんとリーゼを守ったんじゃん?
見てなくてもわかるヨ。ヘーマはさ、やる時ゃやる男でしょ。私は知ってるよ。」
そう言って涼子は二カッと笑った。
「マサルにはマサルの、あんたにはあんたのやり方があるんだから、気にする事ないって。
きっと今日のあんた、カッコよかったと思うよ。」
「…おぅ。」
めずらしく平馬が照れて笑う。
「リーゼもそう言ってくれたよ。…サンキュ。」
「別にお礼を言われる事じゃ無いじゃん。」
あまり見た事のない表情の平馬に、どぎまぎしつつ涼子は言った。
「いや、何か嬉しかったからさ。」
平馬は照れたような、はにかんだような顔をする。
(本当だね、リーゼ。ヘーマのこんな顔を見るだけで、すごく幸せな気分になってる。
私、ヘーマの事が好きで良かったよ…。)
ニコニコと平馬を見ながら涼子はそう思った。
キッチンのプレハブの入り口で、何となく入りづらくて、リーゼと勝は二人の話が終わるのを待っていた。
「なんかイイムードですネ。二人トモ。」
リーゼが少し嬉しそうに言う。
「うん…そうだね。」
勝はリーゼに生返事をする。実は彼はリーゼの話をあまり聞いていなかった。
悪いと思いつつ、二人の話に聞き耳を立ててしまっていたのである。
(さっきのへーまとリーゼさんは、その時の話をしてたんだ…。)
リーゼの涙の理由が分かって、勝は少し胸のもやもやが晴れたような気がした。でも、依然ドキドキは治まらない。
「マサルさん、盗み聞きは良くないですヨ。」
勝の様子に気付いたリーゼが彼の顔をのぞき込む。
「そんな…盗み聞きなんて。そんなつもりじゃないよ。」
勝は顔を赤くして慌てて言い訳をした。
「ホントですか?」
リーゼは少し眉を寄せて言う。
「うん、ホントホント。」
勝はこくこくと頷いた。
「あの二人、このまま付き合っちゃったりしてね。」
この場の雰囲気を変えたくて、軽い気持ちで勝はそう言った。
「そうなったらいいデスネ…。」
そう言うリーゼの表情は少し切なそうだった。…彼女はあの二人の気持ちを知っていたから。
そんなリーゼの顔を見てさっきテントで見た二人の様子を思い出し、勝はつい、自分でも思ってなかった言葉を言ってしまった。
「…ねぇリーゼさん、もしかしてへーまの事好きなんじゃない?」
思い掛けない勝の言葉にリーゼの顔が凍りつく。
「マサルさん、どうしてそんな事を言うんデスカ…。」
青ざめた顔でリーゼは勝に問いかける。
「今、少し寂しそうに見えたからさ。…違ってたらゴメン。」
勝自身、リーゼの気持ちは知っていた。自分の言っている事が見当違いな事も分かっていた。
「本当に、私が誰を好きかわからないんですか…マサルさん。」
リーゼは思い詰めた表情で言った。
さっき覚えた嫉妬が自分にその言葉を言わせたのだと自覚し後悔していたが、
勝も、もう自分の言葉を止められなかった。
「…僕には、リーゼさんの気持ちを受ける資格なんて無いよ。…年下だし。」
「そんな事関係ないです。」
リーゼの目に涙が浮かぶ。
「…ダメだよ。僕は他の人が好きなんだから…」
自分を見つめる大きな黒い瞳から顔をそらし、勝は声を絞り出す。
リーゼはたまらずその場から逃げ出した。
「そうさ、僕にはリーゼさんを好きになる資格なんか無いんだ…。」
残された勝は一人つぶやいた。
「おい、何やってんだ。」
外の気配に気付いた平馬が顔を出す。
「あれ、お前一人か?リーゼはどうした。」
「うん、ちょっと。なんか走っていっちゃって。」
本当の事を言う訳にもいかず、勝はそう言ってごまかした。
「何だよ、それ。しょうがねぇなぁ。
俺、様子見てくるから、当番代われ。…てかお前だろ、今日の食事当番。」
「あぁ。」
勝の様子がおかしい事に気付き、胸騒ぎがして平馬はリーゼを探しに行く事にした。
さっき二人で話したテントの隅にリーゼは立っていた。
平馬には彼女の背中と少しの横顔しか見えない。しかし、彼女が声を殺して泣いているのが分かった。
自分に見せた泣き顔とは違い、今のリーゼからは勝への思いが溢れている。その後ろ姿はとても美しかった。
声をかけようとした自分を押さえ、彼はキッチンに向かった。
「マサル、ちょっと顔(ツラ)貸せ。リョーコはリーゼの所に行ってやってくれ。奥のテントにいるから。」
「分かった、行ってくる。」
涼子は平馬に目配せし、戸に手をかける。
「俺ら二人、今日飯いらねぇから。」
そう言い捨てて、平馬は勝の腕をつかんで表へ連れ出した。
2007.8.25
平馬と涼子の関係は今回はここまでしか進みません(汗)
しかしこの話では毎回食事の支度をしてますな、この二人(笑)