〈6話〉

涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない

サーカスに帰った勝は平馬を探していた。
「へーまー。お母さんのプレゼント、どうだったー。……?」
テントの隅で平馬とリーゼが座り込んでいる。
「何してるんだろう…。」
勝はそっとテントに入った。

「い、いてっ。」
「ごめんなさイ。ヘーマさん…、私のために…。」
リーゼは涙を流していた。
(な・なに?リーゼさん泣いてる…。へーまと二人、何してんの?)
勝に二人の会話は聞こえなかった。
不自然なくらいそばにいるリーゼと平馬を見て、勝の心は落ち着かなくなった。
あわてて二人に見えないように道具の後ろに隠れる。

買い物の帰り道、リーゼは数人の男にからまれたのだ。
平馬もそれなりにケンカ慣れしているので二人ほど、のしたのだが、
リーゼがナイフで脅されては手も足も出なかった。
そのため通報で警官が来るまで、三人の男に代わる代わる殴られたのだった。

「いいって、リーゼ。俺がもうちょっと上手くやれば良かったんだけどよ。
 …それに俺の場合、普通よりケガの直りは早いからさ。前ほどじゃないけど…ほら、音がするだろ?」
平馬に言われ、リーゼは平馬の手を取り耳を寄せる。
パキパキとアクアウィタエの効果で傷の治る音がした。
「な、聞こえるだろ?その音がし出せば、傷も治ってくるからさ。」
「はい、良かっタ…。でも痛い思いをさせてしまっテ。」
傷は治ると言われても、リーゼは泣きやまなかった。
ふと平馬はリーゼの頭をなでる。小さい子供をあやすように。
「あんまり泣いてると目玉溶けちまうぞ?」
「ヘーマさん…」
「ナルミさんだったらなー。ナイフなんかにビビんないで、きっとあいつらボコってるんだろうな。
 ちぇ、俺も中国拳法習えば良かったぜ。」
平馬は苦笑いしながら言う。
「ヘーマさん、カッコよかったですヨ。」
笑顔になってリーゼが言う。
その笑顔に二人の少年の心臓が『どきん』と鳴っていた。
「だって、ずっと私を守ってくれたじゃないですカ。三人の男に殴られてボロボロになってるノ二…」
リーゼの顔が泣き笑いで歪む。
「オートマータに殴られた時ほど痛くなかったからな。」
平馬も笑った。
「そうでしたね。私たち、一緒にあそこを生き抜いたんですもんネ。」
リーゼが小さく微笑んだ。
その天使のような笑顔を見て平馬の胸が高鳴った。
いつも胸の奥にそっと隠している彼女への思い。それが今にも溢れそうになる。
(今なら言えるかもしれない…)
思わず平馬は口を開いた。
「あのよ、リーゼ…」
「あの、ヘーマさん…」
二人は同時に話し出していた。
「リーゼから言えよ。」
平馬はリーゼに先を譲る。彼女はにっこりと微笑みこう言った。
「きっと、マサルさんもヘーマさんと同じ事をしてくれただろうなって思いまス。だって二人、良く似てますモノ。」
それは美しくも残酷な天使の微笑み…。平馬は思わず息を飲む。
「ヘーマさん?」
言葉を発しない平馬にリーゼが不思議そうな顔をする。軽く息を吐いてから彼は言った。
「マサルと俺は似てないし、それにあいつ拳法使えるから、俺よりマシだったと思うぞ。」
「そんなことないですヨ!ヘーマさんだって、私が捕まるまで二人もやっつけちゃったじゃないですか。
 それに二人ともそっくりですよ。意地っ張りな所なんか特に!
 でも、今日はヘーマさんのほうがカッコいいかナ。…それで、ヘーマさんのお話はなんでしたカ?」
リーゼは平馬に話を促す。もうすでに彼の心の奥にしまわれてしまった言葉を。
「俺の話はもういいよ。…それより今日の俺、そんなにカッコよかったか?」
そう言って平馬は笑ってみせた。
「ハイ、とってモ!」
そう言ってリーゼも最高の笑顔を見せる。
(リーゼ、お前ずるいな…。マサルの名前出されたら、俺、もう何も言えないじゃん…。)
平馬は胸の中でつぶやいた。開きかけた扉の鍵を再び掛けてから。
「お、もうだいぶ良くなってきた。リーゼ、そろそろマサルが帰ってくる頃だ。買ってきたもん見せてやろうぜ。」
「もう立って大丈夫ですカ?」
「平気、平気。」
平馬はそう言うとリーゼと二人、テントを出て行った。

リーゼが泣いているのに気付き、思わず二人に見つからないように隠れてしまった勝は、しばらくそこを動けなかった。
二人の話はほとんど聞こえなかった。
アクアウィタエの影響が強いとはいえ、しろがねでない勝には普通の聴力しかないのだ。
平馬がリーゼの頭をなでたり、リーゼが平馬の手を取ったりする様子から目を離す事が出来なかった。
自分がすごくいやらしい人間になった気がして嫌だった。
二人が体を寄せて話すたび、勝の胸で何かが疼く。
(いったい僕、どうしちゃったんだろう…。いつもなら普通に声をかけてるのに。
 リーゼさん泣いてた。何があったんだろう。へーまも何か変だったし…。
 へーまのあんな顔、初めて見たな。女の子が相手だとあんな優しい顔するんだ…。
 リーゼさんもへーまが「カッコいい」って…)
一言だけ聞こえたリーゼの言葉を思い出し『ずきん…』勝の胸が疼く。
(いつかもずっと感じてた…。この感じは何だったっけ……。)
突然、仲むつまじいしろがねと鳴海の事が思い出された。二人がサーカスにいた間中、心のどこかでいつも疼いていた痛み。
(……ボク、ヘーマニヤキモチヤイテルンダ……)
勝は自分の胸の痛みの正体に気付いた。
それは『嫉妬』。
小さい頃からリーゼはずっとそばにいて、ずっと自分を見てくれていた。
いつの頃からか、勝にとってそれは当たり前の事になっていたのだ。
自分以外の男を見るリーゼ。そんな事は想像出来ず、存在する筈のないものだった。
(……ボクッテ、ナンテ、イヤナヤツナンダロウ……)
リーゼをどこかで自分の所有物のように感じていた事に気付いて、勝は自己嫌悪に陥る。
その中で思いついた事。
「もしかして僕、リーゼさんの事、好きなのかな?」
小さく口に出してみると、それに応えるかのように勝の心臓が『どきん』と鳴った。


2007.8.11

長かった…。やっと勝の気持ちがリーゼの方を向きました。ばんざーい。
まだ「なんとなく」なんですけど。
しかし、この平馬イイ奴すぎる。自分で書いて何だけど、ちょっと可哀想(笑)