〈5話〉

涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない

日曜の朝、急に勝はフウに呼び出された。
検査用のサンプルが手違いで勝の分だけ届いていないので、至急サンプルを再度送って欲しいとの事だった。
それは仲町経由で勝に伝えられた。

検査とは、血中のアクア・ウィタエ濃度を調べるものである。
『しろがね』の血を飲んだ勝と平馬は、定期的に血液検査を受けていた。
検査はフウインダストリーが出資している病院で行われる。
そこには最新の通信設備があり、アメリカにいるフウと顔を合わせて話をする事が出来た。
実は勝はフウと話の出来る通信装置を持っている。
それでも自分を呼び出すと言う事は何か事情があるのだろうと、勝は買い物をあきらめ病院へ向かった。

「サンプルが届かないなんてウソでしょ、フウさん。何で呼び出したりしたのさ。
 こう見えて僕だって忙しいんだよ。」
勝はフウにふくれてみせる。
「君の顔を見て話がしたくてね。」
真面目な顔でフウが言った。
「かなりの確率で、君が『しろがね』になる可能性が出て来たんだよ。」
勝の顔色が変わる。
「え?だってへーまはこの前の検査でもう大丈夫って言ってたじゃない。
 僕の飲んだしろがねの血の量だってそんなに変わらないよ?」
「正二の血だよ…。」
「おじいちゃんの…?」
「君は正二の人生を追体験出来るほどのアクアウィタエを投与されたんだ。そちらの方が問題なんだ。」
そのフウの言葉に勝は凍りついた。
「君のように数回にわたって少量のアクアウィタエを投与された例は他にないんだ。
 現在わかっている『しろがね』の血を受けた人間はすべて検査させてもらってる。
 みんな平馬より値が低く問題ない。
 だいたい2年もすると血中のアクアウィタエの濃度が下がってくるのだ。
 丈夫になった体は鍛えればそのまま維持出来るが、再生能力は落ちてゆく。
 すべて失われる事はなく常人にくらべれば丈夫だが、3年でほぼ普通の人間と同程度に戻るのだ。
 平馬のグラフも線形はほぼ同じ。少々普通の『しろがね』の血を飲んだ人間よりは時間がかかっているが、
 確実にアクアウィタエの量は減り出している。
 しかし勝、君の血液中のアクアウィタエはまだ高い値で安定し、何故か上昇する場合もある。
 過去の『しろがね』のデータとも比較しているが、
 君の血中のアクアウィタエは『しろがね』のものに、あとわずか足りない程度なのだよ。
 これでは君が絶対にしろがね化しないと私には言いきれない。
 君の身体データも見せてもらっているが、成長速度も遅くはないかね?
 君は今15歳だが、失礼ながら君の体格は日本人男性の13歳程度の平均値だ。
 これがアクアウィタエの影響でないとは言い切れないのだよ。」
モニタに映るフウの表情は暗かった。
「…僕はチビなだけだよ。子供の頃に鍛えすぎて背が伸びないだけだよ。
 僕、やだよ。…しろがねになるなんて…。」
勝は震える手で拳を握りしめる。
「すまない勝。私も研究を進めているのだが、アクアウィタエが人間をしろがね化するメカニズムが
 どうしても解明できんのだ。」
勝の目に、フウはいつも以上に年老いて見えた。
「わかったよ、フウさん。その覚悟をしておけって事だね。
 弱音吐いてごめんよ。……しろがねになっても僕でなくなる訳じゃないもんね。
 とにかくこの件については待ってるよ。いい答えを期待してる。」
「ああ、勝。私もできる限りの努力をするよ。」
「ありがとう、フウさん。」
フウが心の底から自分に対して詫びている事を感じ、勝は自分の気持ちを静めた。

「そうだ勝。良ければ待つ間、少し手伝ってくれんか。実はオートマータの生き残りがいてね。」
「なんだって!?」
フウの言葉に勝は驚く。
「やつらは自身の改良を重ねるうちに、ゾナハ虫を必要としない構造の個体を発生させたようでな。
 一応自立して動くものの、人間の血を必要としないため逆に『意識』を形成しないらしい。
 ただ残された命令には忠実で、ボスがいなくなっても自分の行動を止めないのだよ。
 しろがねにとっては、さほど危険な相手じゃない。もちろん君にもな、勝。
 ただ普通の警察や軍隊では始末に負えん事があるのだ。」
ゾナハ虫がいなくなり平和になった筈の世界で、そんな事が起きているなど勝には寝耳に水だった。
「今は鳴海とエレオノールに助けてもらっているが、手が足りない事があってね。
 このペースだと駆逐に10年はかかりそうだ。すまないが手を貸してはもらえないだろうか。」
「兄ちゃん達、サーカスしてないの?」
勝は仲町サーカスで懸命に練習していた鳴海を思い出す。
「そんな事は無いよ。普段、彼らはサーカスをして世界を回っている。
 奴らは隠れるのが上手くてね。そうそうすぐには見つからない。
 だが一度に現れる個体数の多い時があって、2人では手に負えなくなるかもしれないんだ。」
「…もちろん、やるよ。オートマータ達をちゃんと眠らせてあげたいし。
 この事、団長(リングマスター)にだけは話していい?家族にはウソをつきたくないんだ。出来るだけ…」
勝はモニタのフウを見据えて言う。
「ああ、もちろんだ。彼なら君が決めた事を尊重してくれるだろう。
 あとは鳴海とエレオノールの説得だな。彼らは君の参加を喜ばないだろうから。
 ……いや、面白くなってきた。」
「もしかして…楽しんでない?」
「そう見えるかね?」
「うん。とっても。」
勝はフウの口車に上手く乗せられた気がした。
「細かい事は君がそちらを出られるようになったら相談しよう。今日のところはまず帰りたまえ。」
「うん。じゃまたね。」
そう言って勝は病院を出た。
「ふぅ…また、あの人のペースにはめられちゃった…。
 まぁいいや。アクアウィタエの事ばかり考えてたら暗くなっちゃうし。」
ふと、しろがねの顔が頭に浮かぶ。
「しろがねになるかもしれないって…そんな悪い事でもないのかなぁ…。」
勝が小さくつぶやくと、すぐ鳴海の顔が浮かんできた。
「いいや、サイアクだ。」
勝はサーカスに帰る為に駅に向かった。


2007.8.11

フウはすっかり息子のように勝を大事にしてます。可愛くてしかたがないらしい(笑)
日本へ帰国する前に勝とフウが話をするSSがあるのですが、
そこに勝がフウと連絡を取り合うようになる理由を書いてます。
なんかタイミングが無くてアップ出来てません。挿し絵、描かないかん(汗)