〈4話〉

涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない

「ねぇリーゼ…。人を好きになるって結構つらい事なんだね。
 私ね、今までリーゼが羨ましかったの。
 リーゼがマサルを好きなように、私も誰かを好きになれたらって。
 きっと楽しいんだろうなぁって思ってた。
 …でも違うんだね。」
「リョーコさん…。」
「私ね、ヘーマの事好きだったみたい。
 夕べ初めて気付いたの。…私って結構鈍かったんだなぁ。
 …まるでマサルみたい。」
「でも、それならヘーマさんに気持ちを伝え…」
「ダメ!今さらそんなの恥ずかしいし、それに、ヘーマには好きな子がいるのよ。
 …誰かは知らないけど、ずっと前から好きなの…私、応援してたんだけど…。」
リーゼの言葉を遮り、涼子はポロポロと涙を流す。
「リョーコさん、…泣かないで。」
「リーゼこそ、マサルにちゃんと気持ちを伝えた事あるの?」
涼子はリーゼの目を見て言う。
「…いいえ。
 でも私も今は言えません…。マサルさんが誰を好きか知っているカラ。」
リーゼの瞳にも大粒の涙がたまっていた。
「リーゼ…。」
「はい。だって私、ずっとずっとマサルさんを見てきたんですモノ。」
泣き笑いの表情でリーゼは言った。
「人を好きになる事がこんなに苦しいなんて、私全然知らなかった。
 こんなにつらいなら、せつないなら…いっそ気付かなきゃ良かったよ…。」
涼子も泣きながらリーゼに笑いかける。
「気付かなきゃ良かったなんて…そんな事は無いですヨ。
 気持ちが叶わないのはつらいけど、でも好きな人を思うと心が温かくはなりませんか?
 好きな人の笑顔を見ると幸せな気持ちになるでしょう?
 私、それはとても素敵な事だと思います。
 もしも思いが叶わなくても、私きっと後悔しません。
 リョーコさんもヘーマさんを思う気持ちを大事にして下さいネ。」
そう言ってリーゼは微笑んだ。
「ありがと、リーゼ。…うん、人を好きになるって素敵な事だよね。
 私も…今の自分に何が出来るか分からないけど、
 この気持ちを無くさないようにがんばってみる。」
そう言って涼子もニッコリ笑った。
「リーゼもがんばってよね。
 だいたい、マサルなんかにリーゼはもったいないんだから。
 あいつが今、誰を好きでも、きっとリーゼ以上の相手じゃないから。
 一緒にがんばろ?」
「リョーコさん…何か私の方が励まされてますネ。おかしいデス。」
「おかしくないよ!私もリーゼに元気もらったもん。
 さっ、もう寝よ。明日も早いんだし。」
「そうですネ。」
そうして二人はテントを出た。それでもリョーコの後を歩くリーゼの心は晴れない。
彼女は星を見上げ思う。
(リョーコさん、私はウソツキです。
 本当はつらくて…マサルさんを思う事を止められればいい、と思うのに。
 ヘーマさんの気持ちにも気付かないフリをして。
 ごめんなさい、リョーコさん…。)
リーゼはそっと涙をぬぐい、その思いを心の奥にしまい込んだ。


「なぁ、リョーコ。今度の日曜さ、時間あるか?」
涼子がリーゼと話した次の日の夕方、学校から帰る道の途中で平馬が言った。
「え、何で?」
平馬に自分の予定を聞かれた事で、訳もなく涼子の胸はドキドキする。
ここには勝もいて、いつもと同じ時間のはずなのに。
「今度の母の日に、阿紫花のお母さんに何かプレゼントしようと思って。
 僕たち二人じゃお母さんに何買っていいかよく分かんなくてさ。
 へーまと話してリョーコに相談しようって事になったんだ。」
勝もニコニコと言う。
単純な男二人は昨日のうちに仲直りをしたようだ。
「それぐらいつきあってあげてもいいけど。…今週…?」
勝がついてくるとはいえ、平馬と一緒に出かけられる。
涼子は内心密かにときめいていた…が。
「あっ、ダメ!その日おばあちゃんの法事があるっ。」
家を出て、祖父の法安とともに仲町サーカスで生活している涼子にとって、
この手の家の行事は絶対参加しなければいけないものだった。
まだ中学生の涼子が親元を離れる条件の一つは、出来るだけ親に顔を見せる事。
ましてやおじいちゃん子でおばあちゃん子でもあった涼子に、祖母の法事を欠席する事は出来なかった。
「…ゴメン、役に立たなくて。」
涼子はしおらしくうな垂れる。
「仕方ないよ、気にすんな。たまには親孝行もしないとな。」
二カッと笑って平馬が言った。必要以上に落ち込む涼子に気を使っているようだ。
「そうだね。リョーコもたまには家に帰らないとね。
 …でもそうすると、どうしよう?」
「うーん、そうだなぁ。」
男二人は首をひねる。
「…リーゼにお願いしてみたら?」
内心複雑に思いながらも涼子が助け船をだす。
勝がいるからリーゼは喜ぶ。…そして平馬もきっと嬉しいだろう。
「それさ…考えたんだけど。リーゼのセンスって微妙じゃん?」
「ドイツ仕込みのせいか…服はともかく小物を選ぶとちょっとスゴイっていうか。」
男二人が口をそろえてひどい事を言う。
良いものを見る目はあるのだが、シンプルで飾り気のないデザインが好きなリーゼは、
中学生の男の子では理解できないようなブランドの品が好きだった。
涼子にしても、それが平馬の母親の気に入るとも思えなかったのでこう言った。
「私がお店とか小物とか、ある程度選んどいてあげる。
 そんなお店、あんたたち二人で行けないでしょ?
 だからリーゼに付いてってもらって、その中で一緒に決めればいいよ。
 …あんたたち、ひどい事言うけどリーゼだって女の子なんだから。
 男が選ぶより絶対いいのを選ぶって。私、帰ったら頼んどいてあげる。」
「悪ィな、リョーコ。」
平馬が言う。
「これくらいいいわよぉ。さーてこのお礼は何かなぁ?」
涼子は笑顔で二人に言った。
「マサル、それはお前に任せたぜ!」
「えー、へーま、ずるいよぉ。」
平馬は軽く勝の頭をたたき、サーカスに向かって駆け出した。
それを追って勝も走り出す。
「あ、こら!」
その場に涼子は一人取り残された。
「やだ、置いてかないでよ。」
一人になる事に胸が締めつけられて、涼子は小さくつぶやいた。
「リョーコー!お前も早く来いよー!!」
少し先の道から聞こえる平馬の声。その声が心地よく涼子の中に響く。
「待ってよぉ。二人ともー!」
そう言って涼子も駆け出した。
まだしばらく自分と平馬はこのままで、
遠くも近くもないこんな関係でいられたらいい…
心の中で涼子はそんな事を考えていた。


2007.8.10

マジで女の子の会話って難しい(汗)
自分が中学の時はこんな感じ無かったな…。奥手だったもーん