涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない
次の日の朝、涼子の目は赤かった。
何度も冷たい水で顔を洗って、ようやく皆の前に出られるようになった。
その日の朝食当番は自分と平馬。
涼子は自分の気持ちに気付いた今、
どんな顔をして平馬と話したらいいか分からなかった。
「おはよー、リョーコ。」
いつもと変わらない平馬のあいさつ。
「おはよ…。」
自然に涼子の声は小さくなった。
かわりにドキドキする胸の音はどんどん大きくなってくる気がする。
「どした?元気ないじゃん。今日は俺みそ汁やるわ。
リョーコ、飯よそってくれよ。
…ん?お前、顔赤いぞ。熱でもあんのか?」
ひょいと平馬は涼子の額に手を当てる。
「ひっ。」
涼子は思わず小さく悲鳴をあげた。
「おい、何だよ。本当に具合、悪いんじゃねぇのか?」
平馬は心配そうな顔をして涼子を見る。
「だ・大丈夫よっ。あんたが急にさわってくるから驚いただけだって。」
涼子は精いっぱいの虚勢を張った。
「さわるって…デコなんかさわったってこっちも楽しかねえや。
あーあ、心配してソンした。」
平馬は片眉を上げて言う。
「…ごめん。夕べ良く眠れなくて。ちょっとぼーっとしてたのよ。」
涼子は素直にあやまった。
「あやまるなんてらしくねぇな。ま、いいか。
早く準備しちまおうぜ。みんな待ってるし。」
「ヘーマ、ちょっと…。」
食事の支度をする平馬に涼子は声をかけた。
「ん?」
「…私………。えっと、やっぱり何でもない…。」
昨日気付いた自分の気持ちは言えそうもない。
「…何だよ。」
平馬は不機嫌な声を出す。
その声に慌てた涼子は昨夜勝と話した事を思い出した。
「あのね、夕べ、マサルに聞かれたの。あんたが変じゃないかって。」
「マサルが?」
「かなり気にしてたよ。私、別にいつもと一緒じゃない、って言ったんだけど…。
もしケンカしたなら仲直りしなよ。」
「お前には関係ねぇヨ。」
平馬はふてくされて答える。
「…そうよね。でも私たち仲間じゃん?
なのにケンカしてるのをほっとくの、嫌なんだよね。」
これは涼子の掛け値なしの本音。
「わかった。……あとでマサルに言っとくよ。別に何でもないって。」
平馬は涼子に説得され、勝と仲直りする事を約束した。
「ありがとう、ヘーマ。」
涼子は笑顔で言う。
「うわ、ヤバいぞ。早くしねぇと俺たちが遅刻しちまう。」
時計を見た平馬が慌て出した。
「あ、本当だ。ゴメン、話し込んじゃって。」
涼子がいつもより遅く起きていたため、朝の時間はあっと言う間に過ぎた。
制服に着替え、3人が学校に飛び出す頃になっても、涼子の胸のドキドキは治まらなかった。
その日の夕食後、宿題と取っ組み合っていた涼子のところにリーゼがやって来た。
「リョーコさん…お勉強が終わったら、これ、一緒に食べませんカ?」
リーゼの手には、最近人気のパティスリーのパッケージ。
「わ!うれしい〜。ここのスイーツ食べたかったんだ〜。」
涼子は弾はずんだ声で答えた。
「ウフフ、女の子だけで食べちゃいましょう。みんなには内緒デ。」
「うん、リーゼありがとう。よぉし、がんばって終わっちゃおうっと!」
しばらくしてテントの隅で女の子二人、紅茶とケーキを囲んだお茶会が始まった。
「おいしい〜。ねぇ、リーゼのも一口もらっていい?」
涼子ははしゃいだ声を上げる。
「もちろんデス。私もリョーコさんのチョコ、少し下さいネ。」
リーゼもニコニコと涼子に答える。
「でもリーゼ、今日は一体どういう風の吹き回し?女の子だけでケーキなんて。
…いっつもマサルの分を率先して買ってくるのに。」
涼子は素朴な疑問を口にした。
「ウーン…。そんな気分だった、じゃダメですカ?」
とのリーゼの答え。
「私は嬉しいけど、ちょっとリーゼっぽくないかも。」
涼子は不思議そうに言う。
少し考えるような顔をしてから、リーゼが口を開いた。
「…リョーコさん、夕べ泣いてませんでしたか。
今朝も少し元気が無いようだったし。何かあったのかと思っテ…。」
「…ごめん。起こしちゃってたんだ…。」
そう言って涼子は目を伏せた。
「私は全然平気ですヨ!リョーコさん気にしないで。
それより少しでも元気になって欲しくテ。」
「ありがとう、リーゼ。」
自分を元気づけてくれようとするリーゼに、小さく微笑んで涼子は答えた。
「……誰だって泣きたくなる時ってありますヨ。私だっテ…。」
リーゼの口元が、何故か少し歪んでいた。瞳も少し潤んでいる。
そんなリーゼを見て涼子は夕べ気付いたもう一つの事を思い出した。
(リーゼ、もしかして…。)
涼子は彼女もまた、その事実を知っているのだと思い至った。
2007.8.7
実はこれ、もう最後の話は書いてあるのです(マサルとリーゼがメインだからね!)。
でも途中の女の子同士の会話が難しい。私に女の子の遺伝子がないからかもしれない…。
(同僚に私の成分は「男2:おじさん2:おばさん1:女0」と言われてます…)