〈2話〉

涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない

「何かさぁ。今日のへーま、変じゃなかった?」
「そぉ?別にいつもと一緒だと思うけど。何かあったの?」
その日の夜、食事とサーカス芸の稽古が終わった後に勝は涼子に声をかけた。
「そういう訳じゃないけど。朝、リョーコがいなかっただろ?
 二人でしゃべってたら急に不機嫌になっちゃってさ。
 僕を置いて走って学校に行っちゃったんだ。」
朝の平馬の態度が気になって、涼子が何か知らないか聞いてみたのだ。
その後平馬とはほとんど口を聞いていない。
「うーん。別に私と話す時は変わらなかったけど…。
 でも何話してたのよ。それ聞かないと分かんないよ。」
ニヤリと笑って涼子が言う。
「え?!それは…あの…ちょっと…。」
勝は顔を赤くして口ごもる。
「ふぅん、言えないの。」
涼子はいじわるな顔をして言う。
「…。」
「ま、多分マサルが悪いんじゃないの。それ。」
顔を赤くしてうつむいた勝に涼子が言った。
さっきのいじわるな顔と違い、少し寂しそうな顔をして。
「な、なんで!?」
平馬が不機嫌な理由もわからず涼子にも責められ、勝はパニックに陥った。
「私もう疲れたから寝るわ。じゃ、マサルおやすみ。」
そんな勝を置いて、涼子は自分の寝床に向かった。

勝が顔を赤らめ口ごもった時、涼子には二人が何の話をしていたのかが分かった。
リーゼの事。
リーゼは勝が好き。
それは涼子が仲町サーカスに入った頃からの周知の事実。
リーゼは自分の気持ちを特に隠そうとはしなかったので、鈍くなければ誰でも分かる事だった。
むしろ涼子には不思議だった。
ハーフでとびきりかわいいリーゼが、どうして勝なんかが好きなのか。
まじめでイイ奴ではあるけれど、少々運動神経のにぶい、まだ小学生の男の子。
涼子には、中学生のリーゼが勝に夢中になる気持ちが全く理解できなかった。
その頃リーゼに勝を好きな理由を聞いてみた事がある。
勝がビーストという虎と戦って、リーゼの命を救ったという話。
当時の勝を見るに、リーゼの話はまるで信じがたい物だった。
「うそでしょ、リーゼ。マサルってクラスでもトロい方なんだよ?」
「いいえ、嘘ではありまセン。マサルサンはあの小さな体で
 私をかばってビーストの前に身を投げ出してくれたのデス。」
口調は優しいがリーゼの目は真剣だった。
「うーん…信じられないけど、リーゼがそんな嘘をついても仕方ないもんね。」
リーゼの目にたじろぎ涼子が言う。
「はい、今はマサルサンの近くにいられるだけで幸せデス。
 いつか命を助けられたご恩を返せればいいのですケド。」
そう言ってリーゼは幸せそうに微笑んだ。

隣にリーゼが眠るベッドの横で、涼子は昔を思い出していた。
「リーゼはいいな…。好きな人がいて。私なんかまだそういうの分かんないもん。」
涼子はひとりつぶやく。
「ヘーマも莫迦よ。リーゼが好きなくせになんでマサルの世話を焼くのよ。
 本当、莫迦なんだから…。」
すっと涼子の頬を涙が落ちた。
「え?私泣いてる。なんで…」
指でしずくをぬぐい取る。
そして涼子もまた、あのモンサンミッシェルでの出来事を思い出していた。
リーゼは幻獣を、平馬は人形を操ってフェイスレスの人形達と戦い、
その中で自分だけが非力で足手まといだった。
あの時、アルレッキーノがいなければ自分は死んでいただろう。
「アルレッキーノ…。私どおしちゃったのかなぁ。なんだかとっても寂しいよ…。」
アルレッキーノが最後の戦いの前に法安に預けた木彫りの小鳥。それを涼子は手のひらに乗せた。
「なんかみんな、私を置いていっちゃうような気がする。
 私はみんなと楽しくしてる方が好きなんだけどなぁ。」
涼子は小鳥に話しかける。
「そういえばあの時の二人、カッコよかったね。マサルもヘーマも…」
涼子はふと、身を挺してしろがねOから自分をかばってくれた平馬を思い出した。
『オンナがケガしたりすんのはイヤなんだよ。だから……さ、逃げてくれよ……』
あの時平馬は、自分も死にそうな目にあっていたのに、笑顔を作って涼子にそう言ったのだ。
…どきん。
涼子の胸が鳴る。
「もしかして…私。ヘーマの事好きなの…かな。」
涼子はその夜、初めて自分の気持ちに気が付いた。
どきん。どきん。どきん。…
「こういうのって上手くいかないんだね…。
 私はヘーマが好きで、ヘーマはリーゼが好きで。
 …リーゼはマサルが好き。ホント、世の中って上手くいかないヨ。」
そう言って小鳥をつつく。手のひらで小鳥が転がった。

そして涼子は、最後の問いにたどり着く。
「もう、マサルは誰が好きなのよ!」
やっぱり思い出すのはあの時の事。
勝はしろがねを助けにあの危険な場所に行ったのだ。
自分の命もかえりみず。
「あ……。」
アルレッキーノの小鳥が手のひらからベッドの上に落ちる。
「マサルが一番、莫迦でかわいそうなんだ……。」
涼子の目からは後から後から涙がこぼれ落ちてきた。
その後涼子は泣き疲れ、小鳥を握りしめて眠ってしまった。

2007.8.1

隠してるはずなのに、勝さんたらみんなに気持ちがばればれです(笑)