〈1話〉

涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない

「ばっかやろう!お前、リーゼの気持ち知ってんだろ?
 他に付き合ってるヤツがいる訳じゃないんだから、答えてやれよ、マサル。」
「な、何言ってんだよ、へーまっ。そんな事したらリーゼさんに失礼じゃないかっ。
 そりゃリーゼさんの事は嫌いじゃないさ、好きだよ。
 でもへーまが言うのはそういう事じゃないんだろ?」
朝、学校へ向かう道で、今日も勝は平馬に怒鳴られていた。
今朝涼子は日直で、一足先に学校へ行ってしまっている。
彼らは仲町サーカスの見習い団員。
拠点にしている土地にある学校に、涼子を含め三人で通っている。
三人は中学三年生。あの日から三年の月日が経っていた。
いつも他愛ない話で怒鳴られているのだが、
今日は涼子がいないせいか何故かリーゼの話になった。
未だ勝にとってリーゼは仲良しのお姉さんでしかなく、それが平馬にはじれったかった。
「お前は見てないからな…」
そっぽを向いて平馬が言う。
「何を。」
勝は平馬の方を向いて聞き返す。
「もういい…。俺、先に行くからな。」
不機嫌な顔のまま、平馬は勝を置いて駆け出した。
「へーま?ちぇ、何なんだよ。一体…」
勝は道に一人取り残された。

走りながら平馬は、勝を助けに黒賀村をグリフィンに乗って飛び立った日の事を思い出していた。
それはリーゼが勝を愛している事を知った日のこと。
それまでおとなしくて可愛い普通の少女だと思っていたリーゼが、
大きな幻獣を操って、命の恩人である勝を助けに
無謀とも言える危険な戦いに挑もうとした。
それは平馬にとって初めて見るリーゼの姿だった。
『今度は、私が、マサルサンを助けてあげられル。』
そう言うリーゼの顔を見た時、平馬は気付いたのだ。
(あぁ、リーゼはマサルの事が好きなんだ…)
とたんに平馬は動き出していた。
『しろがねとマサルを助けに行く』そう言ったのは本心だったが、それだけじゃない。
(俺がリーゼを守らなきゃ。)
その時平馬は思ったのだ。
見返りが欲しい訳じゃない。ただ、自分が好きなこの少女を幸せにしてあげたい。
男、平馬は心に誓ったのである。

ただ平馬は、勝の気持ちが誰に向いているのかも知っていた。

あの戦いの後、鳴海としろがねは一年くらい仲町サーカスで活動していた。
鳴海がサーカス芸を覚えなければならなかったし、
仲町サーカスが興行を行う為にはしろがねを頼らざるを得なかったのだ。
せめてヴィルマがいればリーゼと二人、何とかなったかもしれなかったが。
二人がサーカスにいた間、勝は本当に嬉しそうだった。
今まで会えなかった分、鳴海に甘え、本当の弟のようについて歩いた。
そして、しろがねには姉や母に対するかのように接していたのだ。
でも平馬は知っていた。
勝が黒賀村で命を懸けてしろがねを守っていた事を。
その為に、ギイの凄まじい特訓に耐えていた事を。
最初から平馬は知っていたのだ。勝がしろがねを愛していた事を。
「そりゃそうだよな。あんなキレイで優しい人が近くにいたら、誰だって好きになっちまうよ…。
 しかも自分を命にかえて守ってくれてたんだぜ?」
黒賀村に来る前の勝の生い立ちを知り、さらに平馬は確信していた。
また、サーカスの誰も気付いていないが、たまに勝はしろがねを見つめている事があった。
平馬が声をかければ何事もないように返事をしてくる。
だがそんな時の勝が、どうしようもなく「男」である事に平馬は気付いていたのだった。

今、鳴海としろがねは二人でサーカス巡業の旅に出ている。世界中転々と回るつもりらしい。
鳴海の芸はまだおぼつかなかったが、一時的に仲町サーカスを離れる事にしたのだ。
しろがねが放射する高濃度のアクア・ウィタエの影響を考えて。
彼女は体内にアクア・ウィタエの原料となるやわらかい石を持ち、
通常の「しろがね」が発する以上に濃いアクア・ウィタエを放出する。
ゾナハ病が蔓延する環境では貴重な存在であったが、病が絶滅した今、
アクア・ウィタエが人体に及ぼす影響の方が甚大であると思われた。
その為「あまり長く一つの所に留まるのは避けた方が良い」というフウの忠告に従ったのだ。
近くにしろがねがいなくなっても、表面上、勝は以前と変わらなく過ごしている。
その胸のうちで相当苦しんでいる事は平馬にも容易に想像できた。
「でもさ、しろがねさんはナルミさんのものなんだよ。お前だってわかってんだろ…?」
平馬は学校まで脇目もふらず走り続けた。

「へーまぁ、何で先に行っちゃうんだよ。」
校門の所で追いついた勝が平馬に息を切らせ声をかける。
「おめーがどんくさいからだろ。」
「昔ならともかく、今はそうでもないやい!」
平馬のへらず口にむくれて勝が答えた。
「へーへーそうですか。俺に言わせりゃお前は不器用でどんくさい男だよ。ずーっとな。」
冷たい顔で平馬が言う。
「何だよ、今日のへーま。おかしいよ。」
平馬の態度に納得できず勝がぼやく。
そこに涼子が教室の窓から顔を出した。
「あんたたち!早く教室にはいんなさいっ。私がいないと遅刻なんてどういう事よ!!」
慌てて二人は教室に駆け込んだ。そうしてその日もいつもの日常が始まった。

2007.7.19

タイトルはムーンライダーズ『最後の晩餐』の収録曲「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」より。
ダメ男が紡ぐ愛の言葉が素晴らしい名曲。
登場人物が子供なんであんまり合わないかもですが(笑)
相変わらずイメージ古いです(汗)
勝タンがリーゼさんを好きになる過程の話になる予定