鎮魂
三人は原形を留めないオートマータの残骸の上に降り立った。
「こうやって…先生が足止めして下さったから、私たちはボードヌイに行けたのね。」
しろがねがトンネル内を見回して言う。
「あいつは肝心な事を言わないで行っちまう奴だったからな。
ま、本当のことを言ってれば、オレもこの場所にあいつを置いていけなかったけどよ。」
そう言って鳴海は小さく笑った。
「僕は…。」
勝はそれ以上何も言えず拳を握りしめる。
ギイを置いてここを離れた後悔や、鳴海について話してくれなかった事で、彼に裏切られた様な気がしてしまう自分。
すべてがやり切れなくて、勝にはただ黙る事しか出来なかった。
「なぁ、マサル。
この前お前がオレに話してくれた事な、しろがねにも教えてやっちゃあくれねえか。」
黙りこくる勝の後ろから鳴海が声をかけた。
「えっ、でも…。」
鳴海のその台詞に勝は狼狽える。しろがねの出生の物語、それは正二から口止めされた秘密であった。
だが勝は鳴海にだけはその事を話していた。
鳴海としろがねが無事結ばれた事を知った時、自分の中の正二が鳴海に話す事を拒まなかったのだ。
「正二さんがお前にしろがねを託した時とは状況が変わったんだ。
…もう、しろがねが背負うべき物は何もない。
そしてお前もだ、マサル。
仮に何か背負うものがあったとしてもオレが代わってやるさ、これからは…。
ギイの魂の眠るこの場所で、しろがねがどんなに愛されてこの世に生を受けたのか話してやってくれ。」
そう言って鳴海は優しく笑い、勝の肩に手をかけた。
「ナルミ、それは一体どういう事…。」
鳴海の言う言葉の意味が分からずしろがねは戸惑った声を出す。
そんなしろがねに微笑みを向け、鳴海は彼女を手で制する仕草をしながら勝の方を向いた。
「マサル。ギイがオレのことを話さなかったのは、…多分、お前を強くするためだ。
フェイスレスのゲームにお前が勝てるように。
お前がオレが生きてる事を聞いて、弱気になってしまわないように。
しろがねを守る為なのはもちろんだが、それ以上にお前に死んで欲しくなかったんだよ。
自分の気持ちを口にしないから分かりにくいが、あいつ、お前の事を相当気に入ってたんだろうな。」
そう言って鳴海はニヤリと笑う。
「ナルミ兄ちゃん…、ありがとう。」
鳴海が自分にくれた言葉が嬉しくて、勝は口元を綻ばす。
「うん、わかった。
そうだね、もうフェイスレスもいなくなって、ゾナハ病も無くなって、オートマータ達もみんな動かなくなった。
ギイさんとおじいちゃんがどんなにしろがねを愛していたか、本人が知らないなんてもったいないよね。」
「お坊ちゃま、本当に何の事なんですか。」
自分の事を話されているのに、しろがねは一人蚊帳の外である。
「兄ちゃん。エリ様とフウさん、待たせちゃうけどいいかなぁ?」
「かまわねぇだろ。エリさんは自由時間が増えて喜んでるさ。」
勝は鳴海を見上げ、いたずらっ子っぽく笑う。それに答えて鳴海も笑った。
「もう、二人とも、ちゃんと説明して下さい!」
自分一人が蔑ろにされているのに耐えきれず、しろがねが声を大きくする。
「ふふふ。ごめん、しろがね。ちゃんと話すから驚かないで。
正二おじいちゃんね、本当はしろがねのお父さんなんだ。
これから順を追って話すけど、ギイさんは生まれて来る時からしろがねの傍にいたの。
二人とも、生まれた時からずっとしろがねを愛していたんだよ。」
「…え…。」
微笑みながら話す勝の顔をしろがねは見つめる。
「しろがねのお母さんも、黒賀村の人たちも、フランシーヌ人形も、みんなみんな君を愛していたんだ。
しろがねはみんなに愛されてこの世に生まれて来たんだよ。」
勝はギイに聞かされた彼の過去を、しろがねが生まれた日の事を彼女に話した。
「私に故郷があったなんて…。そんなに愛してくれた父と母がいたなんて。
先生が、私が生まれた時からそばにいてくれたなんて…。
お坊ちゃま、話して下さって本当にありがとうございます。」
涙を流しながらしろがねは勝を抱きしめる。
「おじいちゃんとアンジェリーナさんのことは機内で…良かったら黒賀村で教えてあげる。
…あんまり遅くなるとさすがにあの二人に悪いでしょ?」
そう言って勝は微笑んだ。
「マサル、しろがね、こっちへ来てくれ。」
勝が話している間、爆破されたトンネル内を探っていた鳴海が二人に声を掛けた。
「何、ナルミ兄ちゃん。」
鳴海に導かれ、瓦礫に埋もれた狭いトンネル内を進む。
「危ないから気をつけろよ。なるべく静かに歩くんだ。」
三人が進んだ先に、白い何かが見えた。崩れ落ちた壁のくぼみに嵌り込んでいる。
「あれは…オリンピア…。」
しろがねがつぶやく。三人はそっと彼女の元に駆け寄った。
オリンピアは何かを抱くような姿勢をしてじっとそこに座っていた。
彼女の周りには他とは違う色の砂と岩が散らばっている。
「ここにギイの指ぬきが落ちてた。多分、ここがあいつの…。」
「先生…!」
こらえ切れずしろがねが鳴海の肩にすがりつく。
「ギイさん!」
勝がオリンピアに抱きついた。
「ギイさん!ギイさん!天国なんかじゃなくて、いま会いたいよぉ…!うわあぁぁぁん……。」
地下トンネルの中に子供の泣き声が響いた。
「ごめんね、二人とも。取り乱しちゃって。」
目を赤く腫らして勝が言った。
「いいえ、お坊ちゃま。私も同じ気持ちですから…。」
しゃがんで勝と目を合わせてしろがねが言う。
「僕、ずっとお父さんって知らなくて。
貞義(フェイスレス)に引き取られたけど、あいつは父親のふりをした事も無かったから。
ずっと一緒にいて、どっかでギイさんの事、そんな風に思ってたみたい。」
「ギイの奴、今頃『僕にはこんな大きな子供はいない』なんて言ってるぞ。」
沈んだ表情の勝を見て、鳴海が混ぜっ返すように言った。
「もう!兄ちゃんだって、ギイさんの子供だって言ってもおかしくないのにさ。」
「ウソだよ。きっとあいつも同じように思ってるさ。
そうじゃなきゃ、お前はこんなに強くなってない…だろ?」
むくれる勝にそう言って鳴海は微笑む。
「兄ちゃん…。」
勝は涙を浮かべながらも笑顔になった。
「ナルミ、彼女を連れて行ってくれますか?」
しろがねが鳴海に言う。
「ああ、もちろんだ。」
それに答え、鳴海はオリンピアを抱きかかえた。
「私の腕ではどこまで直せるか分かりませんが…オリンピアをここに残してゆきたくないのです。」
「僕も手伝うよ。フウさんに言えばきっと材料も用意してくれるよ。」
「えぇ、お坊ちゃま。一緒に彼女をきれいにしてあげましょう。」
しろがねは小さく微笑んだ。
「さぁ、そろそろ戻ろう。二人とも気をつけて先に行ってくれ。
この美女がステキなんでな。後ろからゆっくりついてくよ。」
鳴海が少しおどけた口調で言う。オリンピアを抱いて狭い瓦礫の間を歩くのは骨が折れそうだった。
「え、兄ちゃん。僕も手伝うよ?…彼女を分解したら僕にも運べるし。」
勝が心配そうに言う。
「不本意だろ?大丈夫、オレは力があるからな。
でもここはちょっと狭いから、彼女を傷つけないようにゆっくり行くよ。」
そう言って鳴海は笑う。そうして三人は元来た道を戻っていった。
2007.9.6
原作でもギイさんの事を振り返って欲しかったよね!?
これは皆が思ってる事だとおもうけど!