〈2話〉

鎮魂

輸送機はローエンシュタイン大公国の別荘跡に着いた。
乗員はそこから少し離れた空き地に降り立つ。
降り立ったのはエリとフウ、鳴海としろがね、そして勝の五人。
「あたしの足では屋敷跡には入れまい。ここで君たちが戻るのを待つとしよう。
 …良い風も吹いている事だしね。」
車いすに座りフウは言った。
「私も地下トンネルの入り口までご案内したら、外で待たせていただきますね。
 とても皆さんの足にはついて行けないでしょうから。」
勝達三人にそう言って、エリは先に立って屋敷跡の方に歩き出した。
「こんな…むごい…。」
しろがねの口から言葉が漏れる。
彼らが訪れた場所はかっての美しかった屋敷とはほど遠い完全な廃虚…
廃虚と言うほど人の住んだ痕跡もない、ただの石塊と瓦礫の広場だった。
その所々に毒々しい色をしたオートマータ達の残骸が転がっている。
ゾナハ虫の体液が無くなり、もうピクリとも動かない。
「確かこのあたりにも入口があった筈…」
何の目印もない場所をエリは幼い頃からの記憶を頼りに探してゆく。
「ナルミさん、ここの残骸を動かしていただけませんか。」
「おう。まかせてくれ。」
鳴海がエリの指さした場所の巨大なコンクリート塊を取り払う。
その下にマンホールの蓋のような丸い金属が現れた。
「よかった、無事に中に入れそうね。」
エリはほっとした表情で入口に手をかける。彼女が触れると操作盤が現れた。
「あら…これで良い筈なのに…。」
彼女がコードを何度入力しても蓋は開かなかった。
「エリ様、少し代わってもらってもいいですか?」
勝がポケットから何やら取り出しエリに声をかける。
「フウさんが、こんな事があるといけないって渡してくれたんです。」
手にした装置から操作盤にケーブルをつなぎ、勝はキーボードを操った。
ほどなく蓋が開き地下に繋がる梯子が見える。
「へぇ、すげぇなマサル。」
「へへっ。フウさんの準備が良いからだよ。」
勝は謙遜しながらも鳴海に褒められて得意そうな顔をした。その様子を見てエリとしろがねが微笑む。
「皆さん、私がご案内出来るのはここまでです。ここから先はこれを…エレオノールさん、見ていただけますか?」
エリはそう言ってしろがねに図面を渡す。
「地下トンネルの図面…屋敷の至る所に入り口があったのですね。」
「ええ、この地下トンネルは万が一の場合の逃走用でもありましたから。
 フウさんの話ではこのあたりに爆薬を仕掛けたそうです。」
エリは図面の一点を指さした。
「ギイ先生は…なるべくこちらに敵を引きつけるように動かれたんでしょうね…。」
しろがねは図面を見つめ眉を曇らせた。
「行こう。しろがね、マサル。エリ様、なるべく早く戻るようにするよ。」
そう言って鳴海が梯子に足をかけた。
「皆さん、どうぞごゆっくり…。」
エリは小さく微笑んだ。
その場にエリを残し、三人は地下トンネルに降りて行った。

地下トンネルへの通路は真の闇に覆われていた。その中を勝の持つライトだけが光を放つ。
「兄ちゃん達、こんなに暗いのにライトも無くて大丈夫?」
「あぁ。少しも明かりが無いのはマズイが、お前のライトの明かりがあれば俺たちには十分だ。…怖いのか?」
鳴海は勝の頭に手を置いて言う。
「そんな事ないよ!僕はもう暗いのだって怖くなんかない。だってギイさんに鍛えられたもの…。」
勝の脳裏には最後に見たギイの姿があった。彼は自分の舞台を全うする為にこの地下トンネルで最後の死闘を演じていた。
『また、天国で会えるさ。』
そう言って自分に笑顔を見せたギイ。
ボロボロの体の彼を置いて自分はこの場所を離れた。
…自分の役目は彼を守る事では無かった、そう言い聞かせても勝の心からは後悔という澱が消えない。
「ねぇ、ナルミ兄ちゃん。ギイさんなんで兄ちゃんの事、僕に教えてくれなかったのかなぁ…。
 兄ちゃんにも僕たちの事、言わなかったんでしょ。」
それは事のすべてが終わり、鳴海がギイによってあの別荘から助けられた事を知って、ずっと勝の心に燻る疑問。
「そうだな…。オレにはオートマータと戦う道を選べば、おのずとお前らと会う日が来るだろうって事を言ってたな。
 その時オレは記憶を失くしてたから、イマイチ意味が良く分かって無かったけどよ。
 そのうち話してくれるつもりだったかもしれねぇが、途中で奴とははぐれちまったしな。
 お前に言わなかったのは、…なんでかなぁ。」
鳴海は静かな声でそう言った。
「ギイさんと黒賀村でずっと一緒だったんだ。半年以上もずっと一緒に…。」
誤解から一度はギイに命を奪われそうになったものの、その後、彼と勝は師弟関係を結んだ。
勝はギイの過去を聞き、そのクールな外見に似ず心の内に熱く燃える思いを知って、彼を信頼に足る人間だと受け入れた。
そして実際に身近で生活をするようになると、口先の軽剽さとは裏腹な、彼の誠実さや優しさを肌で感じるようになったのだった。
「ずっと特訓を受けてて、ちゃんと話す時間は少なかったけどね。」
勝は苦笑いをする。
「お坊ちゃま。私は子供の頃、ギイ先生と長い時間を共に過ごしました。
 普通の人には子供が大人になることが出来る程の時間です。
 その間も先生は本当に必要な事しか私にお話しになりませんでした。
 それでも私には、先生の優しさが伝わりました。
 きっと先生にはお坊ちゃまにナルミの事を話せない理由があったのでしょう。」
しろがねが勝を気遣い声をかけた。
「ギイさんは…きっと本当はしろがねとたくさん話がしたかったんだと思うよ。」
さびしそうにそう言って、勝はしろがねの方を向く。
「お坊ちゃま…。」
しろがねも勝の方を向いた。
「ギイさんはしろがねの事をとても大事に思ってたんだ。…一緒にいたから良く分かったよ。」
勝が目を伏せそう言った時、彼らの歩く先に地下トンネルが見えた。
出口にオートマータの残骸が引っかかっている。
「着いたようだな。」
鳴海が先に立って地下トンネルへの梯を降りる。
「こりゃ…、これ以上先には進めねぇかもな。通路の出口が手前にあってよかったぜ。」
地下トンネルの中は爆発によって激しく損傷していた。
爆薬の仕掛けられていたあたりは周りの建材が崩れ、ほとんど埋まりかけている。
そして夥しいオートマータの残骸がトンネル内を埋め尽くしていた。


2007.9.5

…本当は地下トンネル内部は入れないくらいめちゃめちゃだと思うのですが(汗)
それでは話にならないので笑って許してやって下さい…。