鎮魂
輸送機の降り立った空き地でフウが人形に命じてテーブルとイスを用意させていた。
テーブルの上にはグラスと赤ワイン。
三人を地下トンネルの入口まで送っていったエリも、まだ戻っていなかった。
フウは心地よい風に吹かれ、車いすに座っている。彼は一人思いに耽っていた。
(マサルの強靭な意志の力は、彼の中のナルミが起こした奇跡だ。
そのことを君は知っていたんじゃないかね、ギイ。
だからナルミの事をマサルに告げる事が出来なかった。
絶望的な戦いを前に、マサルの中からナルミを失わせる訳にはいかなかったからね。
君があたしの所にやって来た時、もう君は「しろがね」では無かったね。
君の体はすでに神の元に足を踏み出していたのだから。
「しろがね」でない君の元にサハラ戦の知らせは届かなかった。
それともルシールは、君が何をしているのか気付いていたのかもしれないな。
満身創痍の君はマサルのエレオノールへの想いを利用した。
すでに君の力ではディーン(フェイスレス)の手から彼女を守れなかったからな。
でも子供と共に過ごす八ヶ月は長いよ。
最初はただの道具に過ぎなかった彼を、君はいつか父親のような表情(かお)で見るようになっていたね。
自分では認めないだろうが君は子供が好きなのさ。
それとも君も…自分以外の人間ばかり大事にする男に、影響を受けたかな?
マサルと過ごした時間は、君にも奇跡を起こす力を与えたのかもしれないね。
普通の「しろがね」なら正二と共にあの場で君は死んでいたのだろう。
「エレオノールを守る」その為だけに君は生き延びた。
「エレオノールを守る」その為だけにマサルの師となった。
でもいつしか「マサルを守る」事も君の目的になったのだろう?
彼が無事この戦いを生き抜く事が出来るよう、君は彼を鍛え抜いた。
マサルは確かに天才だ。でもそれを発揮する事は彼一人での力では出来なかったんだ。
ナルミや正二、彼を見守る仲町サーカスの諸君やエレオノール。
マサルの中に棲むたくさんの人々があの奇跡を生んだんだよ。
ギイ、さしずめ君は彼の中の登場人物で一番の立役者だね。
君がここに残ってくれた時、あたしは正直言ってここまで奴らを足止め出来るとは思っていなかった。
君の体がほとんど使い物にならない事をあたしは知っていたからね。
でも君もまた、奇跡を起こしていたんだ…。守るものが多いほど、人は強くなれる。
君は自分が守るべきものを守り抜いたんだ。
ギイ、君を見ていてあたしも…彼の成長を見届けたくなってきたよ。
「のぞき屋」よりは趣味がいいだろう?「しろがね」は目的がないと生きていけないのさ。)
屋敷跡の方向からエリが戻って来るのが見えた。
「どうだね、エリ様。彼らの帰りを待つ間にワインでも。
慌ただしくてギイの気に入るような品を持ってこれなかったのが心残りだが、少なくともフランス産だ。」
「いただきますわ。」
片目を瞑ってワインのそそがれたグラスを差し出すフウにエリが微笑む。
「今日は本当に良い風が吹いてるのですね。とても気持ちがいいわ…。」
用意されたイスに腰掛け、エリが空を見上げる。
「えぇ。あたしもこんなに気分がいいのは久しぶりですよ。」
フウも同じように空を見上げた。
「フウさん、私、この場所を孤児達の施設にしたいと思っているんです。」
空を見上げたままエリが言う。
「この騒動が収まるまで、しばらくは着手出来ないでしょうけど。
父の説得は必要ですが、必ずやり遂げるつもりです。私にはそんな事くらいしか出来ませんから…。
それが、この戦いで散っていった方々の慰めになれば良いのですが。」
力強く話すエリを見て、フウの顔が和らぐ。
「喜ぶでしょうよ、皆…。ギイもああ見えて子供が好きだった。
アシハナやヴィルマにしたってサーカスの子供たちに慕われていたしね。
子供たちの笑顔がこの戦いで逝ったすべての者の魂を慰めるでしょう。」
二人はワイングラスをかかげ、微笑みあった。
ボトルの中のワインが残り少なくなった頃、エリが来たのと同じ方向に人影が現れた。
「おや、彼らが帰って来たようだ。一人美女を連れている。上手く彼に会えたようだね。」
「えぇ、良かった…。」
イスから立ち上がって彼らを迎えるエリに、勝が駆け寄った。
その後ろを、オリンピアを抱いた鳴海としろがねがゆっくりと歩いて来る。
彼らの間をやわらかな一陣の風が吹き抜けた。その風が彼らに空を見上げさせる。
かつて共にあった魂達のある場所。そこはあくまでも青く美しく澄み渡っていた。
- fin -
2007.9.12
元々これはフウのモノローグだけのつもりだったのです…。なんかまぁまぁ長い話になっちゃいました。
ギイとフウが勝を天才扱いしすぎるのがちょっと嫌だったので、
二人の勝への感情をトーンダウンさせるのが狙いでした…が、あんまり成功してませんな。