〈後編〉

月の明かりに

「…人間って不思議ね。この子の心を見るまでは男女の愛の形は一つだって思ってたけど、その形にも色々あるんだね。」
彼女は大きな瞳で月をじっと見つめる。
その瞳に浮かぶ憧憬に、勝はいつか見た、夢見るように人間の愛を語るコロンビーヌの表情を思いだす。
「…ステキだなぁ。好きな人の事でこんなに胸を一杯に出来るなんて。」
「コロンビーヌ…?」
彼女はにっこり笑って勝の方を向いた。
「すごいんだよ、リーゼロッテの心の中。」
「え?」
そして人さし指で勝の額を突っつく。
「昨日はマサルサンが笑った。
 今日はマサルサンが寂しそうだった。
 マサルサンと出掛けた。
 マサルサンと手を繋いだ。
 マサルサン、マサルサン……。
 本当にもう、マサルちゃんの事ばっかり!!!」
彼女の言葉に勝の顔がこれ以上は無いと言うくらいに赤くなった。
「そ、そんなッ、嘘ばっかり言ってからかうなよコロンビーヌ!!」
勝の口から自分でも驚くくらいの大きな声が出る。
そんな様子に彼女は楽しげな表情で言葉を続けた。
「ウソじゃないよぉ。リーゼロッテはマサルちゃんの事が大ッ好きなんだから。
 ………知ってるんでしょ?」
そう言って自分をじっと見つめる瞳から、勝は困った表情を浮かべて赤いままの顔をそらした。
「…しろがねの代わりにリーゼさんを好きになるなんて出来ないよ。」
彼女に聞こえるかどうかもわからない小さい声でポツンと呟く。
「代わりに、とか気にしないで好きになればいいのよ。」
「そんな風に簡単に気持が切り替わるなら苦労しないよ。」
勝は椅子に座ったまま片足を持ち上げて膝を抱えた。そんな彼を彼女は優しい瞳で見つめている。
「リーゼロッテに好かれるのは嫌なの?」
「嫌な訳ないさ。」
拗ねたような顔をして、勝は狭いピアノの椅子の上で器用に両膝を抱えた。
膝に埋もれた勝の顔を彼女の瞳が覗き込む。
「アタシが人間だったら、マサルちゃんと恋人同士になれたかな?」
「……き、急に変な事言うなよ。」
真顔でそんな事を言う彼女に、勝は赤い顔をさらに赤く染める。それを見て彼女は楽しそうに笑った。
「でもコロンビーヌが人間だったら男にモテたと思うよ。そしたら僕なんかきっと目に入らないさ。」
「そんな事ないわよぉ。アタシがモテるのは当然だとして、マサルちゃんが目に入らないなんてないわ。問題はマサルちゃんがアタシを見てくれるかどうかよ。」
そう言って詰め寄る彼女から、勝が顔を赤くしたままそっぽを向く。
「そんな仮定の話なんかしてもしょうがないじゃない。でも、大事な友だちにはなれたと思うよ。」
勝の言葉に彼女が嬉しそうに微笑んだ。
「友だちでもいいか。まずは友だちにならないと恋人にもなれないもんね。その後アタシが頑張れば恋人も夢じゃないって事ね。」
「…可能性は否定しないよ。」
相変わらず顔を背けたまま、勝が小さく呟いた。
それを聞いて目を丸くした彼女が幸せそうに笑み崩れる。
「やっぱりマサルちゃんは優しいねぇ。」
ふと彼女が椅子から立ち上がって枠の外に月が隠れてしまった窓に近づいた。
大きな窓枠に体を預けて勝の方を振り返る。
「よかったねマサルちゃん、アタシが人間じゃ無くて。…考慮しなきゃいけない可能性は一つしか無いよ。」
残された月の明かりが楽しそうに笑う彼女の体を柔らかく包みこんだ。

勝が彼女に顔を向けて言葉を掛ける。
「コロンビーヌは月にいるの?」
「ううん、違うわ。アタシがいるのはここよ。」
彼女は微笑んで勝の胸を指さした。
「だからどんな存在でも、死んでも壊れても無くなる事はないの。人の記憶が…思い出があるかぎり。」
「え…?」
「ありがとうマサルちゃん、アタシを覚えていてくれて。でももう思い出すのは時々でいいよ。そんなに苦しまなくていいんだよ、マサルちゃんは造物主様じゃ ないんだから。マサルちゃんがオートマータを作った訳じゃないし、マサルちゃんはマサルちゃんなんだから。最後にアタシを抱きしめて望みを叶えてくれたん だもん、マサルちゃんはとっても優しいいい子だよ。」
「コロンビーヌ…。」
彼女の視線が窓の外の月が今ある筈の方角を向く。少し寂しげな声で彼女が小さく呟いた。
「そろそろ月が沈んじゃうね。」
「君も消えてしまうの?」
勝が彼女の両肩をつかむ。彼の両目から水の玉がこぼれ落ちていた。
「…いやだよ。行かないでよ、コロンビーヌ。せっかく戻ってきたのにいなくならないでよ、寂しいじゃないかぁ。友だちがいなくなっちゃうのはもう嫌だ…。」
いつの間にか勝は彼女にしがみついて泣きじゃくっていた。堰が切れたように涙が後から後から溢れ出す。ずっとこらえていた何かが溢れて止まらなかった。
「人間の体って本当にあったかいんだねぇ。リーゼロッテに感謝しなきゃ、人間同士が抱きあうってこんなにあったかいんだ。うれしいなぁ。でもそろそろリー ゼロッテにこの体を返さなきゃ。ねぇマサルちゃん。マサルちゃんが覚えててくれればアタシはずっとそばにいるよ。…マサルちゃんが幸せになるようにずっと 見てる。だから幸せになってね。」
勝の背中に腕をまわし、リーゼの顔をしたコロンビーヌはそう言って嬉しそうに微笑んだ。


「…ん?ここドコ。………!!マ、マサルさん?!」
朝の光に目を覚ましたリーゼが自分の隣で寝息をたてる勝に驚いて声をあげた。
「あ、おはよう。リーゼさん。」
「な、何でマサルさんがいるんですか?ココドコ〜」
リーゼの声に目を覚ましても勝は落着いた様子で、記憶の無いリーゼの方は慌てている。
「音楽室だよ。昨夜二人でおしゃべりしてたじゃない。遅くなってついそのまんま寝ちゃったんだ。少し涼しかったけど風邪ひいてないかな、大丈夫?」
リーゼの体には勝の上着が掛けられていた。
「大丈夫デス。でも私、おしゃべりしてたって何にも覚えて無いんデス…。ここに一人で来たのは覚えてるケド。」
彼女は一人で物思いにふける為に音楽室に来た事は覚えていた。
しかしその後、月を見ていてコロンビーヌの魂を呼び寄せた事は忘れてしまっているのだ。
「そうなの?本当?」
勝はリーゼの瞳を覗き込む。彼女はどぎまぎと頬を染めてコクンと頷いた。
「そうなんだ。」
そう言って勝はちょっと寂しそうに微笑んだ。その表情を見たリーゼの胸が小さく痛む。
「私、何をしゃべってたんデスカ?…何か変な事言ったんじゃ…。」
心配そうに聞くリーゼに勝が笑顔で言葉を返す。
「変な事なんてぜーんぜん言ってないよ。…さ、皆の所に戻ろう。今日は最終日だしがんばらないとね。」
立ち上がって勝はリーゼに手を差し出した。リーゼもその手を取って立ち上がる。
しかしリーゼが立ち上がっても勝は手を離さない。さっきより力を込めて彼女の手を握りしめていた。
少し訝しげな声を出しリーゼが勝の伏せた顔を覗き込む。
「マサルサン…?」
「リーゼさんの手はあったかいねぇ。人間の手はあったかいや。」
リーゼに顔を覗き込まれて勝は小さく擦れた声でつぶやいた。
涙こそ出ていないけれど、彼の肩が小さく震えている。
「マサルサンの手もあったかいですよ。人間はあったかいんデス。」
リーゼは空いている方の手をそっと勝の背中に回す。そして彼の頭を自分の胸の方に抱き寄せた。
彼の心を乱す原因は分からなかったけれど、いつもより一回り小さく見えるその肩を放ってはおけなかった。
「うん、あったかいや。……ありがとう、リーゼさん。」
リーゼの胸の中で彼の肩の震えが止まる。そのまま顔を上げないで勝が彼女に囁いた。
「本当にありがとう、今までゴメンね。もうリーゼさんの気持ちに気がつかない振りはしないよ。でももう少しだけ、僕が大人になるまで待ってて。」
そう言って勝はリーゼから少し体を離した。
「マサルサン。」
「…ゴメン。でもきっとすぐだから、すぐ大人になるから。…リーゼさんに相応しい男になるから。」
小さく驚いた表情をするリーゼを今度は勝が抱きしめた。
「ハイ…。」
勝の腕の中でリーゼが小さく頷く。
その時、時報代わりの始業ベルの音があたりに響いた。
「そろそろ戻らないと、本当に皆が心配するね。」
「そうですね、早く行きましょう。マサルサン。」
リーゼから体を離して照れたような顔で勝が笑う。リーゼも含羞んだように微笑んだ。
その優しい微笑みを見て、勝は自分の中の彼女も一緒に笑っているような気がしていた。


2008.9.18

山崎まさよしの「月とキャベツ」という映画からインスパイアされましたと言うかシチュエーションは使いまくりだぜ。
だもんで意味も無く舞台が古い小学校の音楽室だったりします(笑)

なのでimagetuneはやっぱり「One more time, One more chance」だったり(汗)
映画はスランプのミュージシャンと彼のファンの女の子とのラブストーリー…と言うとちょっと違うのですが、一応ネタバレ禁止で(笑)。
とにかく主人公の二人にマサコロを重ねてみたかったのです。でも中身は全然変わっちまったぜ。
実はリーゼさんの絡みは無理矢理です(汗)。
映画のヒロインの見た目がリーゼさん系だったので、やむなしで出てもらったら…なんでかリーゼさん中心の話になっちゃったの!
しかも結局いつもと同じ話だし!
こんな内容になっちゃったので無理だったのですが、本当はマサコロにチューさせたかった…。どうやったら出来たんだろう(・_・;)
むしろ映画の通りだったらマサコロの切ない系にちゃんとなった筈なのに…ああ〜。
そして、十五夜にアップしたかったんだけど全然間に合わなかった…。