歩いて帰ろう
「…リョーコ、だましたな。」
遠くから様子を眺めていた平馬が言う。
「男の子と会ってたでしょ。」
横に立った涼子は澄ました顔で答えた。
「オレをからかうのもいいかげんにしろよな…。」
仏頂面でそっぽを向く平馬に、涼子は小さい声で問い掛ける。
「ヘーマはさ、リーゼの事どう思ってるの。」
「どおって…仲間じゃねぇか。それにマサルが惚れてる女だぞ。」
「マサルが…?『リーゼがマサルを』じゃなくて?」
思い掛けない平馬の台詞に、涼子の声は大きくなる。
「あいつらは好き合ってんだよ。色々問題あって上手くいってねぇけど。」
平馬は仏頂面のまま頭を掻いた。
「…じゃ、ヘーマはリーゼが好きじゃないの?」
蚊の鳴くような声で涼子は平馬に聞く。
「好きだったよ、前はな。今は何か姉貴…いや妹みたいなカンジだなァ。オレの方が年下なのによ。」
ニヤリと笑って平馬は言った。
「そうなんだ…。」
ほっとした表情で涼子はつぶやいた。
「リョーコ…お前、オレに惚れてるだろ。」
「…な、何莫迦な事言ってんのよ!そんな訳ないでしょっ。」
ストレートな平馬の台詞に、涼子は顔を真っ赤にして言い返す。
でもさっきまでの会話で、彼女は平馬に告白したも同じだった。
「ふぅん…。」
平馬は唇の端を持ち上げる。
「オレはお前の事、けっこう気に入ってるぜ?まぁ、こんなタイミングで言うつもりじゃ無かったけどよ。」
「…じゃ、どんなタイミングで言うつもりだったのよ。」
涼子の顔はさらに赤くなる。
「まだ考えて無かった…。」
そう言って平馬は涼子に屈みこんでキスをした。その途端、涼子はその場にへたり込む。
「お、おいっ、腰抜かすなよ。…ムード無いな、お前。」
「だって、突然なんだもん。吃驚して…。」
「まぁムードが無いのもオレららしくていいのかもな。」
平馬がくくっと笑い、涼子に手を貸してその場に立たせた。
「オレでいいんだろ?」
「…うん。」
片目を瞑って尋ねる平馬に涼子が頷く。
「今日の所は帰ろうか。」
「…うん。」
平馬の歩くちょっと後ろを涼子は歩く。
「どうしたんだよ、隣り歩けばいいじゃん。」
「し、心臓がバクバクして…アンタの隣なんか歩いたら破裂しちゃう…。」
涼子は赤い顔を俯かせてそう答えた。
「お前…おっかしいなァ。」
平馬の腕が伸びて涼子の肩を抱き寄せる。彼は彼女の肩を抱いたまま歩き出した。
涼子はもう耳まで赤い。
「……ゆでダコみてぇだ。」
ぼそっと平馬がつぶやいた。
「何よ、莫迦にしてっ!」
「これから毎日面白そうだ。」
平馬は空いた方の手を口に当てクスクスと笑う。
「〜〜〜〜!」
二人はそのままサーカスまでの道を、いつもの倍近くかけて歩いて帰った。
地方公演が終わり、仲町サーカスは本拠地の街に帰ってきた。
リーゼはさっそく少年の様子を見に公園を訪れる。
「リーゼ、お帰り!」
少年は満面の笑顔でリーゼを迎えた。
「えーっ、今の子って本当にマセてるのね。」
「本当ですヨ。『ガールフレンドのマユちゃんだよ』って紹介されちゃいましタ。」
リーゼと涼子は生活する為に二人に与えられた部屋で話をしていた。
規模も大きくなり、人数の増えた仲町サーカスでは寮を作り、独身者はそこに入居することになっていた。
大抵は二人で一部屋を使用する。平馬はパートナーが勝という事になっていたので、一人で二人部屋を使用していたが。
「マユちゃんって可愛い子?」
「とってもカワイイですよ!」
涼子の問いにリーゼは笑顔で答える。
「やっぱりねぇ。あの顔は面食いだもん。それにウソツキ!
逆上がりは出来るようになってた?」
そう言って涼子はニヤニヤと笑う。
「すっごく上手になってましたヨ。」
「でもこの三ヶ月で出来るようになったかは分からないね。」
「フフフ…。どちらでもいいじゃないデスカ。」
あくまでも疑う涼子にリーゼは微笑んで答えた。
「そうだけど…。ガールフレンドのマユちゃんは苦労しそうね。」
「もう、リョーコさん。まだ小学生なんですカラ。」
「リーゼはマサルが小学生の時から好きだったくせに。」
「それはそうですけど…。」
二人は小さく微笑みあった。そして涼子が優しい表情で言う。
「どんなに小さくても、ちゃーんと人を好きになれるんだね。
きっとあの子、リーゼの事が好きだったんだよ。
リーゼがきちんと話してあげたから、次に進めたんだね。」
「そうだとイイナ…。」
リーゼは小さくつぶやいた。
「あっ、リョーコさん、早く行かないと!レイトショーに間に合わなくなっちゃいますヨ。」
時計を見たリーゼが涼子を急かす。
今夜涼子は平馬と映画を見に行く約束をしていた。今ごろ彼は寮の前で苛々と待っている事だろう。
「あ、マズイ。じゃリーゼ、行ってくるね!」
涼子はあたふたと部屋を飛び出した。
「ヘーマさんとリョーコさん、お似合いでイイナ…。」
一人部屋に残されたリーゼは、机の上のフォトフレームに目をやる。
「マサルさん…本当に早く帰ってこればいいノニ…。」
そう言って小さくため息をついた。
…クシュッ。
「何だろ。誰か噂でもしてるのかな?」
飛行機から降りる途中、勝は一つクシャミをした。
「うーん、二…三年ぶりかァ、日本も。みんな元気かな。
思いつきで来ちゃったけど…。問題が何も解決してないんだよな。」
空港から外に出て、空を見上げる。
「平馬にオリンピアの整備をしてもらう…。母さんの墓参り…。
他には…顔が見たかった、じゃダメかなァ…。」
勝は日本に帰って来た理由になる事を指折り数えてみる。三番目に数えた事が本当の理由だったのだけど。
彼は仲町サーカスに着いたらどんな顔をして門をくぐれば良いか分からず、正直、途方に暮れていた。
それでも意を決したような顔をして歩き出す。
夜空には星が煌めいて、明日の空もよく晴れそうだった。
- fin -
2007.10.14
涼子と平馬を書こうと思って始めたのに、リーゼも勝も出張ってきて二人のメインの座を引きずり下ろしました(笑)。
しかしどう考えても、このサイトでは勝より平馬の方がカッコいい男だ。
最初は勝を出すつもりは全然なかったのに、他のネタと一緒になって続きを書く羽目に。
一応「たまにフラッと帰ってきて仲町サーカスに滞在するが、しばらくするといなくなる。」
と書いた事があるので、勝に一時的に帰らせようと思ってみましたが、
…やばい、気持ち的な辻褄が合わないぞ!あ、法安さんの時には帰ってきてると思う。