歩いて帰ろう
ある晴れた日の仲町サーカスのテントの中。
今週末から始まる地方公演の準備で、団員たちは慌ただしく走り回っている。
平馬と涼子は高校に通いながらもサーカス芸人として活躍し始め、
リーゼは猛獣使いとして仲町サーカスをひっぱっていた。
そんな中、涼子がリーゼに声をかけた。
「リーゼ、見たわよ。あんな可愛い男どこで捕まえたの?」
涼子はニヤニヤしてリーゼの頬に人さし指を当てる。
「リ・リョーコさんっ、それ何の事デスカッ!」
面白げに言う涼子の台詞にリーゼは顔を真っ赤にして言い返す。
そんな二人の後ろで平馬が何事かと聞き耳を立てていた。
「ふふっ、イイからイイから。」
平馬が聞き耳を立てているのに気付いた涼子が、リーゼの手を引いてテントから連れ出した。
「何かあの子の顔、子供の頃のマサルに似てるね。」
テントの外に出ると、にっこり笑って涼子は言った。
「…なあんだ、和人クンの事ですネ。」
そう言って、納得したようにリーゼも微笑んだ。
「二週間くらい前の買い出しの時通りかかった公園で、一生懸命鉄棒を練習してたんデスヨ。
昔のマサルさんを思い出して、ついじっと見ちゃったら…怒られちゃいマシタ。」
「恥ずかしかったんだろうね〜。」
リーゼと涼子は顔を見合わせてクスクスと笑う。
「そうみたいデス。それで少しお話するようになったんですケド。
私、頑張ってる和人君のお手伝いがしたくなって、夕方、鉄棒のコーチを引き受ける事にしたんデス。」
「そっか。でもリーゼ、鉄棒出来たっけ?」
「…もうリョーコさん、私だってサーカス芸人ですヨ。むずかしい事はムリですけど、ちゃんと体は鍛えてマス!
あの日、ついスカートで鉄棒をやってしまッテ…。少し恥ずかしかったデス。」
そう言ってリーゼは顔を赤らめつつ苦笑いした。
「リーゼも頭に血が上ると見境なくなるから。それで最近、スカートじゃなくてジーンズやパンツだったのね。」
普段リーゼはワンピースやスカートを選ぶ事が多いのに、最近は動きやすい格好をしている事が多かった。
不思議に思っていた涼子はリーゼの答えに納得する。
「ハイ。でももうすぐ出来るようになりそうだから、コーチも必要なくなると思いますケド。」
「そうかな。まだまだ出来ないって言うと思うけど。」
そう言って涼子は訳知り顔でウンウンと頷く。
「えっ?涼子さん、そんな少し見ただけで分かりマスカ!?私、教え方が良くないのカナ…。」
「もうリーゼ、鈍いわね。あの手の顔の子はオマセさんなのよ。
きっと…とっくに出来るようになってると思うわよ、逆上がり。」
涼子は眉を寄せるリーゼの背中をばしばしと叩いた。
「え?」
「リーゼに会いたいから出来ないふりをしてるのよ。…私の目にはわざと力を抜いてるように見えたわよ、あの子。」
にんまり笑って涼子が言う。
「ええ〜!そうなんですか!!でも別に、逆上がりが出来るようになっても、言ってくれれば会えるノニ。」
「そうなんだけど…。小学生の男の子がそんな事、言える訳ないでしょうが。」
「ウーン。」
感情表現がストレートなリーゼには、男の純情は理解出来ないようだった。
「ま、でも私たち週末には地方に興行に出ちゃうし、その事は早く教えてあげたら?小学生にとって三ヶ月は長いわよ。」
「そうですね…。」
涼子の言葉にリーゼは少し考え込んでいるようだった。
その日の夕方、平馬は獣舎の近くで落着き無くウロウロしていた。そんな彼の後ろから涼子が声をかける。
「ヘーマ、アンタ何ソワソワしてんのよ。」
「何でもねぇよ。」
後ろにいた涼子に気付いていたようで、彼は振り返って返事をした。
「ふーん…。私、リーゼがどこ行ったか知ってるよ。」
「…オレには関係ねぇ。」
涼子の台詞に仏頂面で答える。
「男の子と会ってるよ?」
「何っ。あいつ、マサルを待ってんじゃないのかよ。」
「三丁目の公園。…今から私たちも行ってみようか。」
二人は連れ立って公園に向かった。
「あっ、リーゼ!今日は来てくれないのかと思ったよ。」
公園の鉄棒の前で小学校四年生くらいの少年が、リーゼに向かって手を振っていた。
「遅くなってゴメンネ、和人君。」
公園に着いたリーゼは少年に駆け寄った。
「じゃ、早速練習しようか?」
「うん!」
頷いてリーゼに笑顔を見せる少年には、どこか幼い頃の才賀勝の面影が浮かんでいた。
二人はしばらく懸命に逆上がりの練習をする。
リーゼも丁寧に指導していたが、少年の身体はどうしても鉄棒を回りきる事が出来なかった。
「あと少しなのにネ。」
「ごめんね、リーゼ。せっかく教えてもらってるのに。」
慰めるリーゼに、本当にすまなさそうな顔で少年が答える。
「私の教え方が良くないのかもしれませんネ…。」
「そんな事ないよ。僕が…どんくさいから。」
少年はそう言ってくやしそうな顔をする。
リーゼにはその表情が涼子の言うように偽物だとはとても思えなかった。
「あのね、和人君。実は週末から私、ここに来れなくなるの。」
「え?何で…?」
「お仕事で。私がサーカスの猛獣使いだってお話しをしたでショウ?
ここの他の場所で、三ヶ月間サーカスの公演をする事になっているノ。
だから、しばらく和人君と一緒に鉄棒の練習が出来なくなってしまうのデス。」
「そうなの…。」
リーゼの言葉に寂しそうな声で少年は答える。
「和人君、私と会えなくて寂しい?」
「……うん。」
彼は俯いてリーゼに答えた。
「私もね、今、世界でイチバン好きな人と会えなくて寂しいの。」
そう言ってリーゼは少年に微笑みかける。
「その人は外国でサーカスの勉強をしていてね。そして、たくさんたくさん頑張ってるの。
だから私も、とっても寂しいんだけど、負けないように頑張らなきゃって思ってるの。
和人君も同じように私のいない間に頑張ってくれると…嬉しいナ。」
「その人、リーゼの恋人なの?」
少年はとても真面目な顔をしていた。
「…まだ違うの。でもとても大事な人よ。」
「早く帰ってくるといいね、その人。」
「ええ…。」
リーゼも真面目な顔で頷いた。
「僕もがんばるよ。リーゼが帰ってきたら、逆上がりの出来る所を見せてあげる。」
「約束ですヨ」
「うん!」
少年はにこうっと笑った。
2007.10.12
タイトルは斉藤和義の「歩いて帰ろう」より。
例によって歌詞の内容はあんまり関係ないです(笑)。
勝がいない間の仲町サーカスの風景。
ヤツがいない間に仲町サーカスはどんどん立派になって行きます。
あんまり不義理にしてると帰れなくなるゾ。
しかし色々ごちゃごちゃしてきて…年代的な辻褄や心理描写が怪しくなってきました(汗)。