〈20話〉

砂漠に赤い花

「本当に少ししかいなかったのに、マサルがいなくなったら何か教会の中が寂しくなっちゃったね。」
礼拝堂の片づけをしながらアイシャがドミニクに声をかける。
「そうだな…。でもまぁ何と言うか、騒がしい連中だったなぁ。」
アイシャの言葉に、ドミニクが来客を迎える準備の手を休めずに答えた。
「マサルがいて私はとっても楽しかったよ。ドミニク牧師だって寂しいくせに。本当に素直じゃないんだから。」
少女が皮肉屋の牧師に苦笑いを向けた時、教会の扉が静かに開いて二人の男女が現れた。
「クラーク博士、ケイトさん、いらっしゃい!」
笑顔を浮かべたアイシャが彼らを出迎えて教会の中に招き入れる。
「お嬢さんの了解はもらえたかい。」
ドミニクが笑顔で二人に声をかけた。
「ええ、ドミニク牧師。娘には『いつになったら結婚するのかと思ってた』と言われてしまいましたわ。」
柔らかく微笑みを浮かべるケイトの横で、クラークは所在なげに照れたような顔をして立っている。
「…この場にマサルも立ち会って欲しかったんだがなぁ。」
彼はそう言って少し寂しげな顔をした。
「そうですね。あの子のおかげで、私たちは今こうしていられるのに。」
ケイトも小さく頷く。
「彼にはまだ仕事が残っていたようだからな。あれ以上ここに足止めする訳にもいくまい。お前達の事はとても喜んでいたじゃないか。」
ドミニクはあごに手をやり窓の外を見る。雨の少ないこの国の空は今日も快晴だった。
「それにしても彼らはもう砂漠を出たのかな。…後片づけに行くと言っていたが。」
ドミニクの言葉に、クラークは捕らわれの自分たちを助けに来た二人の姿を思い出した。
「今頃はもう、国に向かう飛行機の中なんじゃないか。あの兄が一緒なら用事もすぐ済んだろう。
 でもまさか、助けに来てくれたのがマサルだとは思わなかったよ。あの大きな人形はまるで女神のようだったな…。」
口元に微笑みを浮かべ、クラークも外に目を向ける。
「ケイトさん、はい。」
そこにアイシャが赤と緑の葉のついた美しい枝を一振り、ケイトに差し出した。
それには可愛らしいリボンが飾り付けされている。
「まぁ…ポインセチア?」
「うん。クリスマスの時にドミニク牧師に花言葉を聞いたの。
 『祝福する』って、今日のケイトさんとクラーク博士にぴったりだと思って。」
ケイトが微笑んでアイシャから美しい赤い色をした植物を受け取った。
「時々お手伝いに行ってるお家のご主人に、大事な人にあげたいからってお願いして分けてもらったの。
 お庭に大きな木が植わっていて、とっても奇麗に花が咲いていたから。
 二人の結婚が花の咲き終わる前に決まって良かったわ。」
そう言ってアイシャはニコニコと笑う。
「アイシャ、ありがとう。とても嬉しいわ…。」
ケイトはアイシャの体に腕を回し軽く抱きしめた。アイシャも嬉しそうにケイトを抱き返す。
「マサルにもね、あげたの…ポインセチアの花。『聖なる願い』って花言葉もあるんだって。」
「そう、あの子にもぴったりな花なのね。」
二人は顔を合わせて微笑み合う。
そうして礼拝堂の中の四人は、クラークとケイトの結婚の儀式の為に、静かに十字架の前に並び立った。


砂漠の上の道無き道を鳴海と勝が歩いている。
「オートマータの処理も目処が付いたし、これでやっと終わりだな。」
「うん…こんなに遅くなっちゃって、フウさんもしろがねも心配してるだろうなぁ。」
「まぁ事情は分かってるし、仕方ねぇよ。」
二人は砂漠に残された少女の姿をしたオートマータの残骸を回収に来ていた。
それがあまりに膨大な為、実際は作業のほとんどをドロシーとその仲間が行ったのであるが。
「しかし今回は参ったよ…。思ってもみない事ばっかりでさ。
 いつもならオートマータの片づけもその国に手伝ってもらえるのに。」
鳴海の後ろを歩きながら勝がぼやく。
彼らが政府の意向に逆らってゲリラから人質を救出したため、事後処理の協力を拒まれたのだ。
フウの取り成しでそれ以上の関係悪化には至らなかったが。
反政府組織の方も彼らが正式に声名を発表する前に事が起きたためか、今は状況を静観している。
やって来たのがどの国にも属さない存在であった事は認知したらしい。
「それも仕方ねぇだろ。この国に睨まれてもかまわねぇって啖呵切ったのは誰だ?」
「まぁ、僕か…な。」
鳴海は振り返ってニヤリと笑う。その顔を見て勝は苦笑いを浮かべた。
「…輸送機がオートマータで一杯になって、僕たちが砂漠にとり残されるとは思わなかったけど。」
「そう言うな。オレ達はあいつらみたいにスイッチを切る訳にはいかねぇんだから。」
オートマータの残骸を満載した機体は人が搭乗する余裕が無くなっていた。
メイド人形達は壁に固定され、ドロシーは人間ではあり得ない姿勢で操縦席に固定されている。
「申し訳ありませんが、お二人は独自に空港に戻っていただけますか?」
あんまり申し訳なさそうに見えないドロシーにそう言われて、二人は首都の空港に向けて自分たちの足で砂漠を歩いているのだった。
「処理する量が多くて、あいつらあと何度か往復しなきゃならんだろうな。オレ達は最初立ち会うだけなんだからまだいいさ。
 それよりお前、なんでオリンピアをここに持ってきてねぇんだよ…。」
「こんな事になるとは予想してなかったから…。」
憎まれ口を叩く鳴海に勝はまたも苦笑いで答える。
元々彼らは輸送機で空港に送ってもらって、民間の旅客機でアメリカに戻るつもりだったのだ。
その為砂漠に入る前、勝は空港にオリンピアを預けてしまっていた。
確かにオリンピアがあればすぐに砂漠を越える事が出来る。しかし彼女がいない今、自分たちで歩くしかなかった。

「なぁ、お前。どうしてフランシーヌの事を白銀の妻だって言ったんだ。その事、覚えてるか?」
前を歩く鳴海が勝の方を振り返りもせずに言った。
「うん。あの時僕は子供に戻ってたから…フェイスレスの記憶も同じように、子供の頃の方が僕の気持に近かったんだと思う。」
勝に前を歩く鳴海の表情は見えない。
「あの時…僕の中の金の感情も、兄さんの事が大好きだった子供の頃に戻ってたんだと思う。
 そしてナルミ兄ちゃんにあった時、僕の感情はしろがねを思い出したんだ、きっと。
 でも金が子供の頃にはフランシーヌはまだ傍にいなかったから。
 その上に大人になった金の記憶が断片的に浮かんできて、僕の感情と白金の記憶が混乱したんじゃないかなぁ。」
「…そうか。」
鳴海の声に感情はこもっていない。
「…銀さんも金も、子供の頃は本当に仲が良かったんだよ?」
「ずっと仲良くしててくれりゃ良かったんだけどな。」
「そうだね。」
その後二人はしばらく言葉も無く、照りつける日差しの元、砂の上を歩いて行く。
ふと鳴海の歩調が遅くなる。
「どんな極悪人だって、最初っからそうだった訳じゃねぇよな。」
そしてゆっくりと勝の横に並んだ。
「無邪気な子供だった頃もあったんだ。でもな、だからと言ってオレは奴を許せねぇし、許す気もねぇ。」
「うん…。」
鳴海の言葉に勝は小さく頷く。
「寂しい男だったって事も…分かってるんだけどな。」
勝は自分の横を歩く男の顔を見つめる。前を向くその横顔は、静かで穏やかだった。
「僕は…違う。」
自分も前を向き、勝は言葉を発する。その先の言葉を彼は胸に飲み込んだ。
(僕はナルミ兄ちゃんと同じようには思えない。僕と白金は違う…。
 でも、僕もしろがねの事が好きだから、金がフランシーヌを思う気持も分かるんだ。僕は奴のすべてを否定出来ない…。)
彼らは歩調を揃えて並んで歩く。
「あぁ、分かってるよ。お前はお前だ。…それでいいんだ。」
「うん。」
(だけど…僕は金が銀にしたようにはナルミ兄ちゃんを憎めない。だって僕は兄ちゃんが大好きだから。)
鳴海は勝の方を向き、小さく微笑んだ。勝も鳴海と目を合わせニコッと笑う。
「そういやナルミ兄ちゃん、こんなにしろがねと離れてんの一緒になって初めてじゃない?」
「あ…そうだっけか?」
勝の言葉に鳴海は頭に手をやって考え込む。
勝は、鳴海がしろがねを置いてでも、自分の事を気に掛け迎えに駆けつけてくれた事が、照れ臭くも嬉しかった。
「二人はオートマータ相手の時も大抵一緒でしょ。…僕なんか一人きりなのにさ。あ〜あ、寂しいなぁ。」
「オレ達と一緒に来るか?」
おどけた調子で言う勝に、鳴海もニヤリと笑って言葉を返す。
「しろがねに怒られそうだから止めとくよ。何年経っても新婚気分なんだから…本当に邪険にされたら立ち直れない。」
「そんな訳ねぇだろ、まったく…。」
大げさに嘆いてみせる勝に、鳴海は少し呆れた表情をみせた。
「しかしお前って、やっぱ運が良いのな。あの人達に会ってなきゃ、お前今頃オレとここを歩いてねぇぞ。」
「そうだね、みんなに感謝しなきゃ。……でも運も実力のうちって言うし。」
そう言って勝はニカッと笑う。そしてジャケットの内ポケットに手をやった。
そこには紙に挟んだポインセチアの赤い花びらが忍ばせてあった。砂漠で出会ったやさしい人達の思い出とともに。
「何言ってんだ。心配ばっかりさせやがって。」
鳴海が勝の頭の上にポンと手を置く。
「…色々とごめんね、心配かけて。もう大丈夫だから。僕にはみんなが、ナルミ兄ちゃんがいてくれるからさ。」
照れたような表情を見せ、勝は鳴海を見上げた。
それに答え鳴海は口の端を上げて言う。
「おう、当然だ。こんな事があってももう迎えに来てやんねぇぞ。」
「え〜。そんなつれない事言わないでよぉ。」
甘えたような事を言いながら、ニヤリと笑う勝に鳴海は呆れたような顔で笑った。

少し先を歩く鳴海の後ろで、勝はその大きな背中を見つめながら自分の足元の砂をしっかりと踏みしめた。
その二人の姿は200年以上前、砂漠を旅した兄弟のようにも見える。
(フェイスレス、きっとアンタの周りにだって優しい人はいたんだよ。アンタはもう少し自分の周りをちゃんと見れば良かったんだ。
 …白銀さんは弟のアンタを本当に大切に思っていたのに。)
勝と鳴海の歩く先には赤茶けた砂の海が広がる。白銀と白金が歩いた砂漠と同じように。
しかしそこに定められた道は無い。
風の無い砂漠の上に二人の足跡が続く。彼らの歩いた後ろに細く長い道が出来ていた。
ふと勝が後ろを振り向く。
そして自分たちの足跡を見やった。
「…けっこう歩いたね。」
「あぁ。」
振り返る勝に気付いて鳴海も足を止める。
「長い長いオレ達の軌跡だな。そしてこの先もずっと続いていくんだ。」
「うん。」
鳴海の言葉に勝が小さく頷く。
「これからもまた、並んで歩いたり、離れて歩いて道がすれ違う事だってあるかもしれないけど。
 大丈夫。もう僕の足はいつだって未来に向いているから。…さぁ後少し。行こう、ナルミ兄ちゃん。」
そう言って勝は鳴海の先に立って歩き出した。
赤茶けた砂を一歩一歩踏みしめながら。

- fin -


2007.12.24

終わりました…!!結局オチはほのぼの、いつもの通りでした。
でも金(フェイスレス)と勝と鳴海を絡ませたいという目的は果たしたからっ、個人的には満足(笑)。
我ながら言葉の使い方がおかしいなぁと思う所が多々ありますが…お許し下さい。
一応、三月くらいの話なんです。ぎりぎりポインセチアは咲いてる筈…。
ポインセチアの赤いのは本当は花びらじゃないんですけどね。国によってはでかい庭木になるらしい。