〈1話〉

砂漠に赤い花

「フウさんの話じゃ、ここらへんの筈だけど…。」
灼熱の太陽が照りつける中、赤茶けた砂の上を勝は歩いていた。
「お客さん、大丈夫かい?そんな大きな荷物を持ってずっと歩きづめだが…。」
「僕はまだ平気だけど…、このケースは見た目ほどは重くないしね。でも少し休もうか。」
『しろがね』程では無いにせよ常人以上の体力を持つ彼は、砂漠を案内するガイドに音を上げさせてしまった。
彼は大きなスーツケースを背負っている。
「はい、そうしましょう。」
ガイドがほっとした顔をして砂の上にしゃがみ込んだ。
そんな彼に勝が話しかける。
「アリさんが仏語が出来て助かったよ。この国の言葉はさすがに分かんなくて。」
「しばらくフランス領でしたからね、ここは。
 フランス語なら書く事は出来なくても話せる連中は多いですよ。
 英語だとほとんど分かりませんがね。」
そう言ってガイドは愛想よく笑った。
「僕も英語よりは仏語の方がマシだから、ちょうど良かった。」
そう言って勝もにこやかに笑う

勝が日本を出て一年の月日が過ぎていた。
相変わらず世界のサーカスを巡る旅をしていたが、平行してオートマータを始末する仕事も続いていた。
自分としてはサーカスの修業が目的だったが、むしろ費やす時間はオートマータを狩る方が増えていた。
こればかりは彼の都合でどうにか出来る事ではなく、奴らが現れれば否応なく対応しなければならなかった。
今回もこの砂漠の国にオートマータが発生したという情報がフウの元に届き、
勝一人で対応可能だろうと指示をされて現場に到着したところだった。

「ところで、最近ここらへんでおかしな子供が現れるって聞いたんだけど…アリさん、知ってる?」
そう問われた途端、ガイドの顔色が変わる。
「お客さん、どうしてそんな事を?」
彼は目を大きく見開き恐怖の表情を浮かべる。
「その子供が僕らの探してる奴かどうか調べたいんだ。
 人工衛星からスキャンした結果だと、発生地はここなんだけど。」
「…お客さんが探してるのは、あれかね…。」
ガイドはさらに大きく目を見開き、震える手で勝の後ろを指さした。
そこには片足を失った愛くるしい少女が立っていた。
「タスケテ…。」
弱々しい声で彼女は助けを求める。その姿は庇護を求めるか弱い子供にしか見えない。
しかし少女を見るガイドの男は、ガタガタと震え脅えきっていた。
「…ふん、データ通りだな。でも一匹ならこちらでいいか…。」
勝はスーツケースを足下に置いた。そして道具を手に鮮やかに少女を分解する。
それは少女の姿を模した自動人形(オートマータ)だった。
「…お客さん、あんた一体…。」
ガイドは勝が人形を分解した様子を見て腰を抜かしていた。
「アリさん、立てる?僕はこいつら自動人形(オートマータ)を退治するのを仕事にしてるんだ。
 ここらに少女の姿に化けて人間の住み家に入り込む奴がいるって聞いて。」
勝はガイドに簡単に事情を説明する。…今までこれで納得する人間はほとんどいなかったが。
「俺の村もあいつらにやられた…。」
ガイドはまだガタガタと震えていた。一向に恐怖の去る気配がない。
「そうだったんだ…。でも、もうこれで大丈夫だね。」
勝はガイドが立てるように手を貸す。しかし彼はさらに身を震わせ勝の後ろを凝視する。
「やつらは一匹じゃない…。」
「えっ?」
それは勝の知らない情報だった。
「後から後から沸いてくる。
 …そして人に取り付いて爆発するんだッ。」
ガイドの言葉の最後は悲鳴に近かった
いつの間にか彼らの四方を片足を無くした少女たちが取り囲んでいた。
口々に「タスケテ…。」とつぶやいている。
「ちっ、フウの奴、中途半端な情報を寄越しやがって。…いくよ、オリンピア!」
勝のスーツケースから、オリンピアが飛び出す。
彼女はガイドと勝を抱え、空中に浮き上がった。
「やっぱり彼女を連れてきて良かった。アリさん、少しじっとしててね。」
眼下には広大な少女人形の絨毯が出来上がっていた。
「…ありえない数だな。飛び道具を持って、巣を叩かないとムリそうだ。一旦引き上げよう。」
そうつぶやいて勝はオリンピアを操り、彼らのベースキャンプまで飛んだ。


2007.9.22

今回はシリアスな話です。勝は16歳半ば。この続きは暗いので、苦手な方は読まない方がいいです(汗)。
少女人形のモデルはP.K.ディック「変種第二号」という短編に出てくるシミュラクラです。
映画「スクリーマーズ」のベースになりました。
あと…砂漠の国っていうのは特定の国を想定している訳ではありません。
あくまでイメージですのでご了承下さいね。(他の話では国を特定出来そうな感じで書いているのですが…。)
このお話のタイトルは斉藤和義の『砂漠に赤い花』という曲から取りました。
自分を見失った男がドッペルゲンガーと問答をしてる歌詞…かな?赤い花は男の心の象徴です。
--The future-- を書き始めて、早いうちから「自分の中の自分(フェイスレス)と葛藤する勝」は避けて通れないな〜と思ってて、
この曲のイメージもずっと頭にあったのでした。
内容的にはパリでもプラハでもどこでも良かったのですが、この曲のイメージがあったので砂漠の国になってしまった(汗)