〈前編〉

フレルマインド

「あら…君、ひょっとしてマサル君?」
大きなサングラスをかけたアジア系の女性が、
オープンカフェに座って地図を睨んでいる、これまたアジア系の少年に声をかけた。
振り返る少年の顔がパァッと明るくなる。
「ミンシアさん!?まさか、L.A.に来ていきなりハリウッド女優に会えると思わなかった。
 嬉しいなぁ、お久しぶりです!」
「大きくなったわねぇ。ん、一人なの?」
ミンシアは勝に問い掛けた。
「はい。ちょっと世界を見てみたくなって、仲町を出て一人旅をしてるんです。
 色んなサーカスを見て回ってて、修業のつもりなんですけど。」
勝は元気よく返事をする。
「へぇ…えらいのね。そういえば今いくつなんだっけ。」
一度キッズ向け映画のジャパンプレミアで東京を訪れた時に、仲町サーカスの子供たちを招待した事がある。
ミンシアが勝と会うのはその時以来だった。
「16歳になりました。」
ニコニコと勝が答える。
「…え?あ・そ・そうだったわね。そっか16歳かぁ、若いわねぇ。」
ミンシアはちょっと言葉につまり、そして取り繕うように笑った。
正直せいぜい14歳くらいだと踏んでいたのだ。
実は前に会った時の勝の年齢が14歳だったのだが。
哀しいかなその時点でも勝はかなり幼く見られていたのだった。
「そりゃ、ミンシアさんに比べれば若いですよ…。」
(小さいからってそんなにロコツに驚かないで欲しい…。)
ミンシアの表情を読んで、勝は少しむくれる。見た目の話は彼のウィークポイントなのだ。
「ゴメンゴメン。ここ、座っていい?」
言いながらミンシアは勝の隣に腰かけ、ウェイターにコーヒーを注文する。
「もちろんです。でも仕事とか大丈夫なんですか?」
偶然の嬉しい出会いとはいえ、相手は忙しいハリウッド女優だ。
自分のために貴重な時間を割いてくれていると思うと申し訳ない。
「大丈夫。実は今月は久しぶりのオフなのよ。簡単な取材くらいしか入れてないの。
 来週友人達と出掛けるけど、しばらくは自分の家でゆっくりしようと思ってて。
 今日はちょっと買い物に出て来た所。
 もう用は済んでるから、もしマサル君さえよければL.A.を案内するわよ?
 …地図とにらめっこしてたでしょう。」
サングラスを外して笑顔でミンシアが言う。
「嬉しいけどミンシアさんに道案内なんかさせていいのかなぁ。」
少々困惑気味で、だが嬉しそうに勝が言った。
「ノープロブレム!このミンシア姐さんにまかせなさい。で、どこに行こうとしてたの?」
「うーんと、ここのサーカスなんですけどね…。」
そう言って勝は地図を開く。そこにはアメリカで一番有名なサーカスの名前が記載されていた。
「いつもなら二、三ヶ月くらいバイトさせてもらったりして中も見せてもらうんだけど、
 今回は二週間くらいしかいられないから、あんまり時間が無くて。
 せめてL.A.にいる間に見られるだけ見ようと思ってるんです。
 でも来たばかりで土地勘がないから、開演時間の前に近くまで行っとこうと思って。」
そう言って勝ははにかんで笑う。
「ここなら地下鉄で二、三駅よ。近い近い。
 …ところでそのスーツケース、服じゃないわよね…。」
ミンシアはそう言って勝を上から下まで眺めた。
Tシャツとジーンズという姿は明らかに格好に気を使っていない。
横に置いてあるデイバッグの方が彼の生活に必要なものなのだろう。
「はぁ…。」
勝はミンシアの視線に居心地の悪さを感じる。
「もしかして、マリオネットじゃない?」
手をたたいて嬉しそうにミンシアは言った。
「はい、そうです…けど?」
おどおどと勝が答える。
「ねぇねぇ、見せてくれない?マサル君の人形繰り、すごかったもんねー。
 私、もう一度見てみたいなぁ。」
「えっ。だめですよ、危ないですから!」
無邪気にリクエストするミンシアに、勝はあわてて手をバタバタさせた。
「何もこんなところでやれとは言わないわよ。
 あとで公園行こっ、公園。広い所なら大丈夫でしょ?」
(あんまり目立つコト、したくないんだけどなぁ…。)
コーヒーを飲み終えてからミンシアの押しに負けて、
勝は「少しだけですよ。」と念を押し、二人で公園に向かった。

公園に到着し、勝はしぶしぶマリオネットを繰る準備をする。
といっても危険のないスペースを確保するだけの事だったが。
準備が出来、彼はスーツケースの指ぬきに手を入れた。
「ミンシアさん、行きますよ…。踊れ!オリンピア!!」
スーツケースからオリンピアが飛び出し空中を美しく舞う。
勝の指で彼女は繊細なワルツを踊る。
オリンピアはミンシアに手を差し出した。
ミンシアは彼女の手を取り一緒にワルツのステップを踏む。
二人は長く連れ添ったパートナーのように息の合ったダンスを披露する。
いつしかミンシアの両方の瞳から涙がこぼれていた。
「ミンシアさん…。」
いつのまにか集まっていた観客に二人のレディがお辞儀をする。
そうしてオリンピアは優雅にスーツケースに収まった。


すんません…。色々考えた末、勝には「オリンピア」を持たせちゃいました。
小型の「あるるかん」を作るとか、平馬に何か作らせるとか考えたけど、
「オリンピア」ならギイの形見だし(エレには「あるるかん」がいるし)、
サーカスで使うにも見栄えがいいし、空も飛べて戦闘力もあるし、ってことで決めちゃいました。
後で色々助かりそうなんです。(誰が)
そのうち平馬が整備を手伝ってくれる筈。
旅に出てまだ1年経ってないくらいかな?ヨーロッパのサーカスを二つ三つ回ったところ。
まだかろうじてグレる前(笑)