涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない
テントの中、勝と平馬はジャグリングの練習をしている。
ここのところ平馬は進路の事で悩んでいた。
これからサーカスで身を立てる覚悟は出来ていたが、
学業と両立するかサーカス一本に絞るかを決めかねていた。
「マサル、お前来年高校どうするんだ?」
「うん、それなんだけど。中学卒業したら、世界を回ってサーカス芸を勉強しようと思って。」
「なに!?」
勝の突拍子もない答に平馬は驚いた。
「ほら、僕、あいつのおかげで語学には不自由ないじゃん?
せっかくだから、それ使って有意義な事しようと思ってさ。
…遺産はほとんど寄付しちゃったけど、パスポート取ったり、
行きの飛行機代くらい出せる程度には取ってあるし。
帰りはバイトでもすればいいかなってさ。」
ケロッとした顔で勝が言う。
「何言ってんだよ〜マサル〜。卒業したって俺たちまだ15歳なんだぜ。
どっか決めて留学するならともかく、一人でホイホイ海外なんか回れるかよ。」
まくし立てる平馬に心の中で勝は突っ込んだ。
(へーまだって簡単にフランス行ったじゃん。)
二人は一輪車を操りながら器用にジャグリングをこなして行く。
今では平馬も一通り基本的なサーカス芸をこなせるようになっていた。
「団長(リングマスター)にはもう相談したんだ。自分で決めたならいいって言ってくれたよ。」
練習の手を止めて勝が言う。
「…何だよお前、俺に何の相談もなく一人で決めちまったのかよ。」
平馬も手を止め勝に言葉を返す。勝は口をヘの字に結んで言った。
「……へーまだってそうだったじゃん。仲町(ココ)に来た理由、ナルミ兄ちゃんに聞いたよ。」
「は?」
勝の言ってる事が分からず、平馬は訝しんだ声を出す。
「人形を使って人を楽しませる事をしたい。
その為に仲町サーカスでしろがねに人形繰りを習いたいって言ってたって。
最初の1年でしっかり教えてもらってたじゃん。
ただサーカスをやりたいだけじゃなくて、へーまがそんな事考えてたなんてさ。
教えてくれないんだもん。僕、結構ショックだったんだよ。」
「お前に言うのは照れ臭くてよ。俺、ずっと人形繰りを続けて行きたいんだ…。」
「今もよく練習してるもんね。
兄ちゃんが言ってたよ。『男はてめぇの道を自分一人で決めるもんだ』って。
僕もさ、自分自身で進む道を決めなきゃいけないから。
でもいつか、二人で人形の番組が出来るといいね。」
そう言って勝は笑った。
「あぁそうだな。」
同じように平馬も笑う。
「でもさ、お前が恵まれてンのは語学だけじゃないからな。高校なんか行く必要ないわな、実際。」
「…それ何かムカツクんだけど?」
勝は眉間にしわを寄せる。
「それがお前の背負ったモンだろ。…引き換えたモンだって山ほどあるんだ。別に恥じる事じゃないさ。」
「うん…。そうだ、夏はまた村に戻るの?」
「あぁ。村に残る懸糸傀儡の技術をもう少し習いたいからな。繰りもせめてアニキくらいになりたいし。」
平馬は人形繰り師の顔になる。
「アニキくらいって。英良さんすごく上手かったじゃん。…ぜいたく何じゃない?」
「ちぇっ。じゃあお前より上手くなってやるよ。
…多分これからは人形に係わる奴も減るだろうし、自分だけでもしっかりやってきたいんだ。
別にサーカスを蔑ろにする気はねぇぞ。」
「そんな事分かってるよ。」
「でも去年みたいに寝ないで覚えるってのはもう無理なんだろうなぁ。
こればっかりはしろがねさんの血を飲んでラッキーだと思ったのに。」
「いいじゃん。普通の中学生らしくするのも。」
「まぁ仕方ないな。」
平馬は小さく笑った。
「日本を出る事、リーゼには言ったのか?」
平馬がポツンと言う。
「うん、この前…。リーゼさんには自分の気持ちも伝えた。」
道具を片づけながら勝が言う。
「気持ち…?」
平馬の片方の眉が上がる。
「待っててくれとは言えなかったけどね。
…今の僕のままじゃリーゼさんの気持ちに応えられないし、どれだけ時間がかかるか分からないから…。
でも、大事に思ってる事だけは伝えたよ。」
最後は平馬の方を向いて勝は言った。
「そっか…。」
少し口の端をゆがめて平馬は答えた。
「なぁ、へーま。大人になるって結構大変なんだな。今なら子供をガキ扱いする大人の気持ちがわかるよ。」
気分を変えるように勝が言う。
「へへ、ナマ言ってんじゃねーよ、莫迦。
それよりお前、外国行って肉食って背ぇ伸ばせよ。せめてリーゼより高くなりてぇよな?」
ニヤニヤしながら平馬が言う。
「う、うるさいっ!人が気にしてる事を〜。」
勝が平馬にジャグリングのボールを投げつける。
それをきれいに避けて平馬は笑いながらテントを出て行った。
星空の下、平馬は少し寂しそうに微笑んで立っていた。
(俺もこれからがんばらなきゃな。…あいつには負けらんねぇし。)
そんな彼の上を星がひとつ、流れていった。
- fin -
2007.9.2
終わりましたー。楽しかったけど、疲れた…。
若干伏線が残ってる気がするけど、もうこれ以上は無理…
他のを書いて解消します。多分。
でもこの話、勝より平馬の方が主人公みたいだ。おかしい、そんな筈では。
そう言えば、私の書くものにはよく「ナルミ兄ちゃんが言ってた」が出てきますが、ほとんど捏造です。
こーゆー事を勝に言ってやって欲しいなー、ていうのを形にしてます(笑)
あ、こんなタイトルなのに勝だけ泣いてない(笑)。