たんぽぽ娘
物語の結末を聞いて、勝は小さく息を吐いた。
「ハッピーエンドなんだね?」
「ああ、そうさ。二人は時間の壁を越えた運命の恋人同士って訳だ。」
勝の言葉にそう言って、ヒロはにっこりと笑った。
「なんかナルミ兄ちゃんとしろがねみたいだね。」
「そうか?」
微笑む勝にヒロは少し首を傾げる。
「この二人はタイムマシンがなければ出会えなかったし、ナルミ兄ちゃんとしろがねは…
アクアウィタエがなきゃ出会えなかった。…普通じゃない、特別な運命に導かれた二人なんだ。」
そんな事を言いながら、勝はそれを自分で自分に言い聞かせているような気がした。
「まぁねぇ。そう言えばそうだけど…。
あのイノシシ男を見てると、そんなロマンティックな想像をしたくないっつーか。」
そう言って思い切り眉を顰めるヒロに、勝が吹き出して言う。
「まだ妬いてるの?」
「え?」
「しろがねとナルミ兄ちゃんに。」
「さすがにそれはもうねぇよ。しろがねのあんな幸せそうな顔を見せつけられちゃなぁ。
この世でしろがねを幸せに出来るのはあの男だけだって…思うしかねぇよなぁ。」
そう言ってヒロは本当に嬉しそうな顔をした。口ではとやかく言っても二人の幸せを心から喜んでいるのが分かる。
…当たり前だけど、僕よりヒロさんの方がずっと大人なんだな…。
勝は、ヒロの答えに心の底でそんな事を思う。
「じゃさ、ヒロさんにその本を貸してくれた女の子とはどうなったの?」
勝がそもそもの話の発端を思い出した。
「…あ?あ、そうか。最初はその話をしてたんだっけ。」
「そうそう。」
「…借りてすぐ、その日のうちに読んだんだ。」
そう言ってヒロは頭に手をやりがりがりと掻く。
「そんで、読み終えて…もしかしてこれ、オレに気があるんじゃね?なんて思ったさ。」
「…男に恋愛小説貸して、何の気持ちも無いって言われてもつらいよね。」
ちょっと照れたような顔をするヒロに勝が少し茶々をいれる。
ヒロは今度は勝の茶々を気にしなかった。
「でもオレも…実際の所奥手でさ。すぐには感想も言わなかったし本も返さなかったんだ。
で、その頃にはもう仲町サーカスにいたからな。
ぐずぐずしてる間に地方の公演があって…戻ってきた時にはもう彼女は引越していなくなってた。」
「ええ…、そんな。」
ヒロの言葉に勝も思わず声をあげた。
「いつか返そうと思って大事にはしてたんだけど、こんな生活だからな。
家財を無くした時期もあるし、いつの間にか無くなってた。」
「…。」
「気付いた時に買い直そうと思ったんだけど、もう普通の本屋に売ってなくてさ。
よくよく調べたらオレがその子に借りた時には、とっくに絶版してて希少本だったらしい。
そんな大切な本を貸してくれたんだって思ったら…
何でオレ、さっさと告白しなかったんだろうなぁって。
彼女はもちろん自分がいつ引越をするか分かってたし、オレがしばらく学校に行けない事も知ってたんだ。
……オレが、二度と彼女に会えなくなる事を知らなかっただけで。」
そう言ってヒロは勝の方を向いて小さく笑った。
その顔を見ても勝には何と言っていいか分からない。
「でもま、この話にもオチはあるんだ。」
ここでヒロの表情が少し変わる。
「ん?」
「昨日さ、オレに面会に来た女の人がいたろ。子供連れで。」
「あ、あのちょっと大人しそうなきれいな人?ノリさんなんかとても羨ましそうだったじゃん。
坊やも賢そうだったよね。…え…。」
「そう、驚くなよ。彼女がオレの『たんぽぽ娘』。」
「ええ〜っ。そんな偶然あり?それに…結婚しちゃってるの?
この街でその本見つけてまさに運命的な再会だって言うのに。」
ヒロの告白に勝がさらに大きな声を上げた。
「確かにお前もそう思うよなぁ。」
ヒロは顔を楽しそうにくしゃっとさせて笑った。
「その幸せそうな笑顔を見たら…
彼女が素晴らしい今を生きてるって分かって良かったなぁって。
神様も粋な事をするなって思ったよ。
お約束だけど、『あの頃、ヒロくんの事が好きだったんだよ』なんて言ってもらったしな。」
「そう言われて嬉しいのも分かるけど、うう…なんか釈然としないなぁ。」
勝が腑に落ちないといった顔をする。
そんな勝の表情に、ヒロはニヤリと笑う。
「今、オレに好きな女がいなきゃな。悔し涙にくれてるかもしんないけどさ。」
「ん?」
「んってやっぱりお前…気付いてなかったな。オレがれんげさんと付き合ってるの。」
「えぇ〜〜〜〜〜〜。僕、そんなの知らないよッ。」
その事は勝にとって本当に寝耳に水だった。
大抵の事には人より頭が回る勝でも、こと人の恋愛関係の事になるととことん疎い。
「………特に何か言った訳じゃないけど、平馬も涼子も知ってたぞ。お前そういう事本当に鈍いなぁ。」
「僕だけ気付いてなかったの?」
みんなの中で自分だけ気付いてなかったという事実に、心の中でちいさく落ち込む。
「………リーゼも苦労するなぁ……。」
ヒロは天を仰ぎ頭を掻く。
「ん?」
自分の心臓をちくちくと突くトゲを無視して、勝はヒロにとぼけた顔を見せる。
(ヒロさんとれんげさんのことはともかく。
ニブイ僕だってリーゼさんの気持ちに…気付いてない訳じゃ無いけど。でも…僕は…。)
とぼける勝の頭の上にポンとヒロが手を置く。
「何でもないヨ。とにかくハッピーエンドって事さ。恋愛小説の終わりはそうじゃなきゃな。
この本はれんげさんにあげようと思ってさ。彼女なら気に入ってくれると思うし。
…さっきの話、彼女にはするなよ。」
「ヒロさんのたんぽぽ娘の話?
…もちろんヒロさんがそう言うなられんげさんには黙ってるさ。でも……僕の口を閉じるのは安くないよ?
まぁ今回はサービスして陳麻飯店の坦々麺でいいや。」
勝は右手を上に向けてヒロに差し出しニヤリと笑う。
「…お前、いっぱしに悪くなりやがって。わぁかったよ…仕方ねぇなぁ。」
組んだ腕を解いたヒロは、やれやれといった表情で勝の差し出した手を叩き要求を呑んだ。
「まいどありー。じゃ僕、あっち手伝ってくるね!」
嬉しそうな顔をしてヒロに手を振り、勝は片づけの済んでいないテントの方へ向かって走り出す。
(あの話の主人公のように、僕と魅かれ合う運命の人っているのかな。
それがしろがねじゃないって事だけは確定してるのに。
本当に女々しいなぁ、僕。
ヒロさんみたいに他の人を好きになれたら………いいのになぁ。)
走りながら勝はそんな事を考えた。そして頭を振ってその思いを振り払う。
テントに走り付いた彼は、仲間に交じって片づけを始めた。
これはまだ、勝が自分の傍にいる運命の人に気付かない頃のお話。
2008.3.7
ロバート=F=ヤング「たんぽぽ娘」が大好きでして(笑)。
梶尾真治あたりが好きなSFオールドタイマーは皆さんお好きだと思いますが…いつになったら奇想コレクション出るねん!