I think I can

三日後には仲町サーカスの面々が日本に帰るという日に、勝はフウに呼び出された。
ここはフウインダストリーのラボ。車いすに座る老人の後ろには様々な装置が立ち並んでいた。
「…僕の中のフェイスレスの記憶を消してくれるの…?」
フウの提案に勝は戸惑った声を出す。
「しろがねの記憶のシステムは今もって解明出来ん。正二のアクアウィタエの作用による記憶はアタシの技術ではどうしようもないが、フェイスレスが開発した記憶のダウンロードならアタシにも制御可能だと思うよ。」
「そうだね、フウさんなら僕の脳みその引き出しに釘を打ってくれそうだ。でも、一度記憶されたものの痕跡を完全に消去する事は不可能でしょう?」
勝は小首をかしげ、目の前の銀髪の老人に挑戦的な視線を送った。
「確かに君の言う通り、脳を傷つける訳にはいかないから、記憶を閉じこめる檻を強化する方法になるね。それでもずいぶんと楽になると思うが。」
「う…ん。それだと…もしかして事故でショックを受けたりすると、記憶の封印が解けることもある…よね?」
「まぁ可能性はゼロではないな。」
「そうするとアクアウィタエの力が弱まった時、そんな事故が起こったら、僕はフェイスレスの記憶に飲み込まれてしまうかもしれないね。」
その言葉にフウは小さく片方の眉をあげた。
老人の表情の変化を見て取って、勝は彼の瞳を力を込めてじっと見つめる。
「いいや。最初は確かに他人の記憶だったけど、今はもう、フェイスレスの記憶は僕の記憶でもあるんだと思う。僕はこれを自分の力で引き出しにしまっておかなきゃいけない。制御出来るようにしなきゃいけないんだ。」
勝の反応はフウにも予想出来た事だった。ただ、この年端の行かぬ少年の重荷を少しでも取り除いてやれたら…彼にしては珍しい、純粋な好意から出た提案ではあったのだが。
「辛い事があるかもしれないよ?」
老人が少年に言葉をかける。
「いいさ。僕がやらなきゃいけない事だから。僕が生きている限りね。」
そう言って勝はフウにニヤリと笑いかけた。
「…フウさん、もしかしてフェイスレスの記憶が見たかったんじゃない?あいつの知識、悔しいけどすごいもん。」
「君は嫌な子供だね。確かにアタシはヤツの知識に興味があるよ。でも君が望まなければ無理にとは言わないさ。」
「わかった。いいよ、僕の頭の中を見ても。でも何を見ても絶対人には言わないで。技術的な事はもちろん好きにすればいいけど。でも、ひとつお願いがあるんだ…。」
「何だね。」
「アイ・セクトはもう使ってないんだよね?でも…あれを僕に付けといて欲しいんだ…。」
「何故だね、マサル。」
「…保険…かな。」
フウを見上げる勝の目は、まだローティーンの子供の物とは思えないほど暗かった。
「今はフェイスレスを押さえ込むつもりだし、自信もある。でも僕はまだ子供で、偉そうな事をいったけど、大人になった僕がどうなるかまでは自信がないんだ…。」


「アイ・セクトなんて無粋な物を君に使う必要は無いよ。何かあったら君が自分で連絡をくれればいい。アタシが出来る事ならいくらでも協力するよ。もっともこちらが君に頼みごとをする方が多そうだがね。」
フウはにこやかに微笑みながら勝を見つめた。
「ディーンの知識より、もともと君の潜在能力の方に興味があったのさ。研究に行き詰まったら、何かアイディアがないか君に相談するかもしれないね。」
「わかった。僕で良かったらいつでも相談に乗るよ。とてもフウさんの役に立つとは思えないけど。でも、ありがとう!」
勝は一度ニヤッと笑い、その後満面の笑顔を作る。
「君の記憶を転送するには半日ほどかかるがいいかね?その間、君自身は眠っているのに近い状態になるが、ただ眠るよりは…少々疲れるかもしれない。」
「いいよ。どうせなら今夜でも。…まだよく眠れない時もあるし、その装置を付けてる方が眠れたりして。」
「それは無理だと思うがね。お言葉に甘えて早速今晩、ここに来てもらおうか。眠くなってからでいいよ。なんなら人形を迎えにやるから。朝まで時間があれば記憶の転送も済むだろう。」
「うん、わかった。じゃあまた後で来るね!」
勝は手を振ってフウのラボを後にした。フウも手を振ってそれを見送る。
「しろがねは目的がないと命を失うが、どうやらアタシは死なずに済みそうだな。」
車いすの老人は、そう言って楽しそうに肩を揺らした。

2007.11.24

我ながらよく分からない話(笑)。フウと勝が仲良くなるきっかけのお話が書きたかったのです…。
タイトルはThe Pillows「I think I can」から。
※日記で自分の書いた物を振り返るのが面倒になってきたので、少々リライトもしつつこっちに移しました。2009.1.22